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January 10, 2005

関西なら”アホ”かな?

1332貨幣ぶらり旅(第2話) (バカ二朱)
「バカと言われる“おかね”があるって本当ですか?」本当です。あります。それは江戸時代後半、黒船来航の頃のおかねです。安政の時期に出された二朱銀のことを貨幣コレクターはじめ関係者は「バカニ朱」(写真)と呼んでいるのです。図体が大きいわりに、幕府が意図したとおりの働きをせず、たった22日間の寿命しかなかったからです。でも寿命が短く発行枚数が少ないとなると当然現在の価値は高くなります。そこで今コイン業者からこの貨幣を買う場合いくらするかですが、上クラスのもので400,000円、中で250,000円、下で180,000円します(2004年日本貨幣カタログ・日本貨幣商協同組合)。バカだけにバカ高いですネ。
では江戸幕府は何故このような貨幣を作ったのでしょうか?
その前に予備知識として、徳川幕府になってから制定された貨幣制度(三貨制度)、特に「バカニ朱」の時代を理解するうえで必要な部分を簡単に説明します。当時の貨幣の材質は基本的には「金」・「銀」・「銅」の三種類、貨幣単位は四種類で「両」・「分」・「朱」・「文」が使われ、[1両=4分=16朱=4,000文(4貫文)]の四進法でした。これは幕府公定のもので、幕府との取引にはこれが使われていたようですが、庶民の間では「金」・「銀」・「銅」の夫々に相場が立ち日々交換レートが異なっていたようです。そして後に問題になるのは1分銀の地金価値が4枚で1両に届かず、それよりもかなり低かった点です。江戸幕府は財政難を乗り切るため差益を得る色々な工夫を行い、最後に1両=4分に辿り着いたのですが、当時はなかなか理解しがたいものであったようです。なぜならば材質価値=貨幣価値という考え方が支配的だったからです。現在であれば1万円札の原価が仮に10円だったとしても、国に対する信頼が揺るがない限り1万円札の価値を疑う者はいないでしょう。しかし、当時はいくら幕府の力が強くてもそこまでの信頼には至っていなかったのです。増してや当時の欧米人が他国の権威に従うはずもなく、これを理解させるというのは無理な事だったのではないかと想像します。予備知識としての江戸の貨幣制度についてはここまでとして、本題である何故「バカニ朱」が出されたかについて戻ることにします。
 昔、歴史の授業で習ったと思いますが、嘉永6年(1853年)にペリーが浦賀に来航、安政5年(1858年)には日米修好通商条約が結ばれ、翌年には神奈川、函館、長崎で貿易が始まった頃のお話です。通商条約には「外国の諸貨幣は、日本貨幣の同種類・同量をもって通用すべし」という条項が入っていましたが、これが大変な事に繋がるのです。「同種類・同量」というのは「金貨は金貨」と、「銀貨は銀貨」との交換という意味です。当時出されていた主たる通貨として金貨は「天保小判」(1両)、銀貨は「天保1分銀」(1分)でしたが、先に見たとおり「1両=4分」でしたので、当時米国をはじめ欧米での金銀間の交換比率1:16程度と比べると金の価値は非常に低いものだった(銀が割高だった)のです。そこで幕府は通商条約を締結するにあたり米国に対し通貨の量目ではなく額面重視を主張しましたが米国の理解が得られず、あくまで地金価値としての交換ということで「同種類同量」の文言が入れられてしまったのです。当時の1ドル銀貨は概ね天保1分銀3枚分の重量相当でした。また天保小判1枚=4ドルの重量相当でしたので、「1ドル銀貨4枚=天保1分銀12枚との交換」→「天保1分銀12枚=小判3枚」→「小判3枚=1ドル銀貨12枚」と1回目の両替。「1ドル銀貨12枚=天保1分銀36枚」→「天保1分銀36枚=小判9枚」→「小判9枚=1ドル銀貨36枚」と2回目の両替、というように2回交換しただけで4ドルが36ドルに化けてしまうのです。何と効率の良い財テクでしょう。ノーリスク・ハイリターンです。
これを避けるために考えられたのが安政二朱銀すなわち「バカニ朱」なのです。金貨の価値で合わせるためには1ドル銀貨1枚と天保1分銀の価値を等しくすることが必要です。そのため1ドル銀貨の半分の重さで二朱銀を作りました。すると「二朱銀2枚=1分=1ドル」になり、先に見た金貨の流出も防げると考えたからです。開国当日「バカ二朱」をドルとの交換に使用しましたが、条約締結時の価値と異なる事に英米から抗議があり、結局幕府はこの抗議を受け入れたため「バカニ朱」の流通は短期間で終わったのです。
その後はわが国から大量の金が流出し、これが財政難であった幕府の寿命を更に縮めたとも言われています。
ちなみに米国の駐日総領事のハリスは貧乏公務員に過ぎなかったので、一儲けを考え、「同種類同量」の矛盾を知りながらこの一文を盛り込んだとの一説もあります。
簡単に述べましたが、この時代についてだけでも一冊の本が書けるぐらい色々なエピソードがありますので、また別の機会も触れて行きたいと思います。



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