国宝三井寺展
国宝三井寺展
「国宝三井寺展」(写真 左: 本展案内チラシ・「国宝三井寺展」案内のHPより)を見るため、大阪市立美術館に行って来た(写真右)。ご存知の通り、平安時代前期、「智証大師円珍(ちしょうだいしえんちん : 814-891)」が天台寺院として中興した「三井寺」は、正式名称を「長等山園城寺(おんじょうじ)」といい、滋賀県大津市、琵琶湖南西の長等山(ながらさん)中腹に壮大な伽藍(がらん)を構えている。円珍は、6年にわたる入唐(にっとう)で、貴重な密教の聖教(しょうぎょう)類や図像、法具類など数多くの名宝を持ち帰り、のちの密教美術に大きな影響を及ぼしたと言われている。 今年は、天台密教の神髄を伝えた円珍が、唐から帰朝して1150年に当たるので、これを記念して本展覧会を開催することになったという。
本展は、美術館の2Fを使い、次の6章に分けて展示している。
第一章 「智証大師円珍」
第二章 「円珍ゆかりの仏たち」
第三章 「不死鳥の寺の歴史と遺宝」
第四章 「信仰の広がり」
第五章 「勧学院(かんがくいん)障壁画と狩野光信(かのうみつのぶ)」
第六章 「フェロノサの愛した三井寺」
そして各章ごとに、それぞれ素晴らしい彫刻や絵画、工芸などが並ぶ。まず、これらの中から5点をご紹介する。なお説明文は、主に展示解説から引用した。
①「護法善神立像(ごほうぜんしんりゅうぞう)(平安時代・12世紀・重要文化財)」(写真 : 「古寺を巡る・三井寺」より )[ 第二章「円珍ゆかりの仏たち」]

「円珍幼少時の守護尊、訶梨帝母(かりていも)として、護法善神堂に祀られる女神像。子供の健やかな成長を祈って、毎年5月に行われる千団子祭(せんだんごさい)の本尊とされる、穏やかな作風から12世紀頃の制作とみられる」
②不動明王坐像(平安時代・9世紀)」(写真 : 展示案内チラシより)[ 第三章「不死鳥の寺の歴史と遺宝」]

本展覧会の調査で新たに確認された不動明王像。丸々と肥満した体軀や表面に乾漆を薄く盛る技法などから、制作年代は不動明王としては、現存最古クラスの9世紀に遡る可能性がある。
③ 千手観音菩薩立像」(平安時代・重要文化財) (写真 : 「古寺を巡る・三井寺」より ) [ 第三章「不死鳥の寺の歴史と遺宝」]

京から三井寺に至る山中にあった三井寺別所、如意寺(にょいじ)の本尊という。頂上面から台座まで、縦一材から掘り出す一木造りで、内刳りはない。彫りの深い顔立ちは、遠く西域やインドの余香を伝える。充実した量感や粘りのある衣文から、9世紀前半の造立と思われる。
④ 吉祥天立像」(鎌倉時代・13世紀・重要文化財) (写真 : 「古寺を巡る・三井寺」より ) [ 第三章「不死鳥の寺の歴史と遺宝」]

護法善神堂(ごほうぜんしんどう)に安置される吉祥天像。背筋を伸ばして立つ姿には、豊饒と美の女神に相応しい気品が漂う。写実的な顔立ちや流麗な着衣の表現などから、鎌倉時代前期の慶派仏師が製作したとみられる。
⑤ 尊勝曼荼羅図」(鎌倉時代・13~14世紀・重要文化財) (写真 : 「古寺を巡る・三井寺」より ) [ 第三章「不死鳥の寺の歴史と遺宝」]

尊勝法の本尊となる尊勝曼荼羅は、尊勝仏頂(ぶっちょう)をはじめとする八大仏頂尊を金剛界大日の周囲に巡らせ、下方に不動と降三世(こうさんせい)両明王を配す。本図は、両明王の配置が通常とは反対になる台密系の遺品で、鎌倉後期に製作された。
以上の展示だけでも素晴らしいものばかりなのだが、さらに魅了してくれるのが、美術館の1Fに展示されている「秘仏開扉」のコーナーである。まずこのコーナーの入り口に掲げられていた案内文を紹介すると、「三井寺の信仰の中心は智証大師円珍その人と、秘仏の存在にあると言っても過言ではない。「金色不動明王」(黄不動尊)は、修業中の円珍の前に現れた「金人(きんじん)」を描いたと伝える9世紀の仏画であり、入唐中の円珍が青龍寺の法全阿闍梨(はっせんあじゃり)から伝授された密教の図像「五部心観(ごぶしんかん)」とともに、円珍に直接関係する遺品と言えるであろう。また、唐院の大師堂には「御骨(おこつ)大師」「中尊大師」と呼ばれる二軀の「智証大師坐像」と黄不動尊の彫刻「不動明王立像」が安置されている。いずれも天台寺門宗最高の儀式である伝法灌頂(でんぽうかんじょう)の受者しか拝することができない厳かな秘仏とされる。そして円珍を三井の地に導いたという異国の神新羅明神(しんらみょうじん)の姿を刻んだ「新羅明神坐像」は、わが国神像彫刻の白眉とされ、西国観音霊場の礼所である観音堂の本尊「如意輪観音菩薩坐像」は、この寺の庶民に開かれた信仰を象徴している」との事。
次に、「秘仏開扉」のコーナーに展示されているものの中から、7点をご紹介する。なお説明文は、主に展示解説から引用した。
① 「不動明王立像(黄不動尊)」(鎌倉時代・重要文化財) (写真 : 「古寺を巡る・三井寺」より )

唐院大師堂に秘仏として安置される黄不動尊の彫像、「不動明王画像」(②でご紹介)を細部まで忠実に再現しており、優れた写実性を見せる。円珍が入唐する際、船中に現れて危機を救った黄不動尊の姿と伝える。
② 「不動明王画像(黄不動尊)」(平安時代・9世紀・国宝)(写真 : NHK・新日曜美術館のHPより)

岩窟で修業する25歳の円珍の眼前に現れた金色の不動明王で、日本三大不動に数えられる。肥満した上半身に対し、手足は筋骨隆々たる様に表され、力を込めて虚空(こくう)に立つ、平安初期を代表する密教画とするにふさわしい。
③ 「智証大師坐像(御骨大師)」(平安時代・9世紀・国宝) (写真 : 展示案内チラシより)

智証大師円珍の肖像。御骨大師の名は、円珍の遺骨を納めたと伝えるためで、像底には納入品があるらしい蓋板がある。卵形の頭部は、伝記に記す姿を髣髴(ほうふつ)とさせる充実した体軀や、力強い衣文などの作風から、円珍入滅の寛平3年(891)頃の作と思われる。
④ 「智証大師坐像(中尊大師)」(平安時代・10世紀・国宝) (写真 : 「古寺を巡る・三井寺」より )

大師堂中央に安置された中尊大師と呼ぶ。円珍の遺命で造立した比叡山の円珍旧房の肖像を、円珍門徒が比叡山を降りる時に三井寺に移したという。胸下に挟む法衣、扇形の袈裟の裾など装飾的な一方、表現に形式化が見られ、御骨大師より後の10世紀の作と思われる。
⑤ 「如意輪観音坐像」(平安時代・10世紀・重要文化財) (写真 : 展示案内チラシより)

西国三十三観音霊場14番礼所とされる正法寺(しょうほうじ・三井寺観音)の秘仏本尊。6本の手は様々な観音の願いを象徴する。丸みを帯びた穏やかな彫刻表現から10世紀末頃の制作と考えられる。
⑥ 「五部心観(完本のうち巻首)」(唐時代・9世紀・国宝) (写真 : 展示案内チラシより)

金剛界曼荼羅の諸尊を描いた白描の密教図像で、6種の曼荼羅に描かれる5部の諸尊を表す。円珍が唐から持ち帰った原本は唐時代の制作になるが、本図は日本における現在最古の写本とされる。
⑦ 「新羅明神坐像」(平安時代・11世紀・国宝) (写真 : NHK・新日曜美術館のHPより)

円珍が唐から帰国する際の船中に現れ、三井寺に導いた異国の神の彫像。
朝から本展示を見ていたのだが、観客は増える一方で、いつもであればお客の数が減るお昼時にも、全くその気配はない。係りの方に尋ねると、会期末に近づいているので午後になるとますます増えるのではないかとの事であった。NHKの「新・日曜美術館」で放送された効果も大きいのか。天台密教や円珍など、私には知らないことばかりだったのだが、解説文を読みながら展示会場を何度も回っているうちに、本展示の良さを味わうことが出来るようになった。会期は12月14日(日)までなので残り少ないが、是非ご覧になることをお薦めしたい。
(参考文献)
・「古寺を巡る・三井寺」(大山邦興編集)[小学館]
大阪市立美術館「国宝三井寺展」のHP
http://osaka-art.info-museum.net/special020/special_mitsui.html
「国宝三井寺展」公式ホームページ
http://miidera.exh.jp/
「国宝三井寺展」案内のHP
http://plaza.harmonix.ne.jp/~artnavi/10publicity/201214-osakasi-miidera/00osakasi-miidera.html
NHK・新日曜美術館(シリーズ仏の美・秘仏公開~三井寺 天台密教の至宝~)のHP
http://www.nhk.or.jp/nichibi/weekiy/2008/1123/index.html




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