観光列車「レザー・ルージユ」
チュニジア一周の旅(第7回)
旅の四日目。この日の行動は、次の通り。
6:15 起床
6:35~8:00 ホテルのレストランで朝食/食後ホテル内散策
8:30 4WDでホテル出発
9:43 「メトラウイ」の駅に到着
9:55 観光列車「レザー・ルージユ」に乗車
11:40 列車出発
12:28~12:30 セルジャ峡谷で写真撮影のため停車
12:40~12:55 終点タベディット駅で先頭車両の入れ替え
13:45 「メトラウイ」の駅に戻る
13:50 4WDで駅を出発
14:55~15:15 宿泊しているホテルのレストランで昼食
15:20 4WDで再びホテルを出発
15:58~16:25 シェビカ観光・「シェビカの滝」/その後4WDで移動
16:43~16:50 タメルザ峡谷・「グランド・カスケード」/その後4WDで移動
17:07~17:20 ミデス観光・「グランド・キャニオン」/その後4WDでホテルへ
17:30 ホテル到着
17:30~18:45 入浴・資料整理
18:45~19:15 仮眠
19:15~19:45 雷雨・停電
19:45~20:50 ホテルのレストランで夕食
21:20 就寝
本日は、観光列車「レザー・ルージュ」で「セルジャ峡谷」を見た後、4WDで「シェビカの滝」、タメルザ峡谷の「グランド・カスケード」、ミデスの「グランド・キャニオン」を廻る予定だ。朝目覚めて、部屋の窓から外を見ると、遺跡が広がっていた。どうやらここも、大洪水で流された村の廃墟のようである(写真 : 廃墟の様子)。このホテルの位置は、廃墟のある場所よりもかなり高いところにあるので、もし大雨が降ってもこのホテルは大丈夫であろうと、自分自身に言い聞かせていた。
朝食はホテルのレストランで取る。ブッフェ形式(写真左)だが、トマトにチーズ、スクランブルエッグにパンぐらいしか置いていない(写真中左)。これらにコーヒーとオレンジジュースを付け、30分ほどで食事を済ませた(写真中右)。私が食事をしている時、昨夜お話しをした女性がやってきたので、軽く挨拶をする。食後、プールサイドを散歩し(写真右)、部屋に戻った。部屋でノンビリしていると、集合時間が近づいたので、ロビーに向かう。


ホテルのエントランスに出ると、4WDが3台並んで待っていた(写真左 : ホテル入口・写真右 : 4WD)。私は2台目の車に乗る。他のツアーメンバーの男性3人と一緒である。運転手は「デナリ」さん。あまり好きではないのだが、助手席に座らされた。荒れた道を走ると聞いていたので、シッカリとシートベルトを締める。大きめのダウンジャケットを着ていたので、少々窮屈だが仕方がない。4WDは、観光列車「レザー・ルージュ」が出る「メトラウイ」の駅に向けて走り出した。メトラウイは、ホテルのあるタメルザから東に約50kmのところにある。我々はラディエフとムラレスの町を通り抜け、メトラウイに行く。走り出してからしばらくの間、運転手のデナリさんは黙っていたので、隣の助手席に座っていたこともあり、話しかけてみた。
最初フランス語で、「英語は話せますか?」
「少しだけネ」(実は流暢に話せる)
「そうですか」
以後、英語で話す事にした。
「メトラウイの駅まで、どれくらいかかりますか」
「1時間ぐらいかな」
「そうですか。ところで、今日はホテルに宿泊していたのですか」
「いいや。トズールに住んでいるので、朝、そちらから来たんです」
「結構離れていますよネ」
「65kmぐらいだネ。だから朝出ても十分間に合うんだ」
「そうですか。この国の最高時速は何キロですか」
「100km/h」
「概ね、日本と変わらないですネ。この車は、あなたのものですか」
「いいや。会社のだヨ。朝、出勤して、会社の駐車場から皆さんを迎えに来たのさ」
「そうでしたか。ところで、ご家族は?」
「妻と子供が2人」
「お子さんは、男?それとも女?」
「2人とも男だヨ」
「おいくつですか」
すると急に笑顔になり、
「上が2才、下は8カ月。朝、会社に行こうとすると、「パパ行かないで」と言って抱きついて来るんだ。可愛いだろう」
「ええ。羨ましいですネ」
「あなたは何人いるの?」
「いや~。一人もいません。独身なんです」
「僕は38才だけど、あなたはいくつなの?」
「○○才」
「そうか」
「まだまだお子さんを増やす予定ですか」
「いや。これでおしまい」
「どうしてですか」
「これ以上増やすと、生活できなくなるからネ」
「確か6歳から16歳までの学費は無料だと聞いていますが、それでも厳しいですか」
「ああ。無理だネ」
「そうですか。お休みの日には、家族でドライブとかされるのですか」
「いいや。車が無いから出来ないヨ」
「運転のプロだから、当然車を持っているものだと思っていました」
「車は高いので、とても買えない」
「ではバイクですか」
「バイクも高いから持っていないヨ。自転車もネ」
「では家族でお散歩ですネ」
「そう、近くの公園に行ったりしているヨ」
「そういえば、トズールにお住まいでしたよネ」
「ああ」
「私たち、明日、トズールに行き、動植物園を訪ねる予定なんです。面白いところですか?」
「そうだネ。子供達を連れて行くけど、結構楽しいヨ。子供達は大喜びしているヨ」
「サソリや毒蛇など、砂漠の動物が多いと聞きましたが・・・」
「それも多いけど、ライオンやヒョウなどもいるヨ」
など、色々と雑談をしていると、採石場と長いベルトコンベアが見えてきた。
「これは何ですか」
「リン鉱石の採石場。ここで採られたリン鉱石は、ベルトコンベアに乗せられ、この先にあるリン鉱石の精製工場に運ばれているのです」
チュニジアのリン鉱石の採掘量は世界第四位で、そのすべてがこのメトラウイ周辺の山岳地帯から採掘されている。「地球の歩き方 08~09 チュニジア」によると、「1886年、セルジャ近辺でリン鉱石の鉱脈をフランス軍の獣医だったフィリップ・トーマスが発見する。1896年に鉱脈の採掘が始まり、その3年後にメトラウイからスファックスへの鉄道路線が敷設された。1904年と翌年にラディエフとムラレスの路線が開通する(レザーメルージュはこの線路を走っている)。つまりメトラウイの町はリン鉱山の町として発展してきた」との事。だが現在、かつての繁栄は失われているという。
まもなく「メトラウイ」の駅に到着した。4WDを降りて駅舎に向かう。駅は内外ともに、白とブルーに塗られている(写真左・中左)。本日は曇り空だが、もし晴れていればチュニジアンブルーが生えていたであろう。トイレも同じで、内部にはナブール焼のタイルが貼られている(写真中右)。駅全体は綺麗だか、レトロな雰囲気だ(写真右・下)。
しばらくすると、列車がホームに入って来た(写真左・中左)。我々はステップを上がり、列車に乗り込んだ。このレザー・ルージュは、かつてのオスマン・トルコ時代の高官のお召列車だった。そのため、客車は一両毎に異なる。最初の客車には赤いビロード張りのイスが置かれている(写真中右)。次の客車には、黒い革張りの長椅子が置かれている(写真右)。続く車両には、バーが併設されている(写真中段左)。そして布張りの椅子が置かれている客車(写真中段中左)。少し安っぽく見える。次は個室の並ぶ客車だ。個室の中は、4人掛けの椅子が向かい合って並んでいる(写真中段中右)。扉や荷台(写真中段右)、照明(写真下段左)もレトロ。通路から見ると、○○エキスプレスと言った雰囲気である(写真下段右)。ツアーメンバーは、主に最初の赤いビロード張りのイスが置かれている客車に座ったようだが、私はこの個室に座ることにした。
当初、午前10:00に列車が出ると聞いていたのだが、線路に不具合が起きたため、約1時間遅れるとの事。仕方ないので、椅子の上で横になり、本を読んでいた。すると、数多くの外国人観光客が乗り込んできた。最初、私のいる個室に入ることをためらっていたのだが、私が「どうぞ」と言うと3組の老夫婦が入って来た。賑やかにお話ししているのだが、何語を話しているのか分からなかったので、問いかけてみた。
「私は日本から来ましたが、皆さんはどちらからいらしたのですか?」
すると一人の男性が
「デンマークから来ました。あなたが日本人であることはすぐに分かりましたヨ」
「そうですか。6人でご旅行ですか」
「いいえ、全部で21人です」
「どのくらいの期間、旅されるのですか」
「約4週間です。チュニジアを一周します。こちらは暖かいですしネ」
「そうですか。私も10名の団体に参加しており、チュニジアを一周しますが、たった10日間の予定です」
など雑談していたのだが、なかなか列車は走りださない。外は雨が降り始めたこともあり、部屋の窓ガラスは曇り始めた。結局、1時間半以上待たされ、ようやく列車は動き始めた。
走り出してしばらくは街並みが続いたが、その後は礫砂漠。そして山岳地帯に入ると、切り立った断崖が続く。橋やトンネル、川に峡谷、雄大かつ自然の美しさを感じさせてくれると共に、日本では見たこともない景色に圧倒され、不思議な感覚になる(写真)。私は席を離れ、列車内を前に行ったり、後ろに行ったりしたのだが、いつの間にか満席になっていた。他の日本人ツアー客も乗っていた。また日本人と間違えてしまったのだが、韓国人のツアーの方もいた。先ほどのデンマーク人のグループの仲間の方も、どこかに居るのであろう。
列車が走りだしてから4~50分たったころ、3つのトンネルが続き、それを抜けると停車した。ここで列車を降りて、写真撮影できるのだ。外に出ると、峡谷の雄大さに驚かされる。写真タイムはほんの2~3分だったが、素晴らしい景色をカメラに収めることが出来た(写真 上段)。再び列車は走り出し、5つのトンネルを抜けると、列車は停車した。ここが折り返し地点になる、リン鉱石の工場のある「セルジャ」だ(写真下左・下中左)。ここで動力車輌が、最後尾に付け替えられた(写真下中右・下右)。今度は最後尾の客車が先頭の客車になる。15分ほどで車両の入れ替え作業は終わり、今度はメトラウイに向けて走り出した。
メトラウイに戻る列車は、早く感じた。来る時と同じコースだから早く走っているように思うのか、それとも出発までに1時間半以上待たされたからであろうか。メトラウイの駅に近づくと、子供達の歩く姿が目立つようになった(写真左)。学校が終わって、自宅に戻るところなのだろうか。午後1時半過ぎなので、今日の授業は午前中で終わったのか。子供達が手を振るので、こちらも手を振り返した。まもなくメトラウイの駅に到着した(写真中左)。大勢の客が列車から降りてくる(写真中右・右)。駆け出す女性たちが大勢いたので、その行き先を見るとトイレであった。すぐに行列が出来ていた。添乗員のアドバイスで、列車が到着するまでに車内でトイレを済ませていたのは正解である。我々はすぐに迎えに来ていた4WDに乗り、昼食のため宿泊していたホテルのレストランに向かった。列車の出発が遅れたため、すでに13:50分である。午後の観光は忙しくなりそうだ。
ホテルには、朝来た道を戻る。再びリン鉱石の精製工場や採掘場、ベルトコンベアの側を走る(写真)。列車から見た子供達のことが気になったので、運転手のデナリさんに質問した。
「先ほど列車から見ていたら、大勢の子供達が歩いていましたが、今日の授業は午前中で終わりなのですか」
「いいや。これから学校に行くところだヨ」
「へぇ~」
「授業は午前8時に始まって12時に終わり、昼食を食べるため家に帰る。午後は2時から授業が始まり、午後4時に終了するんだヨ」
「そうだったのですか。給食やお弁当ではないのですネ」
「日本では家に帰らないの?」
「ええ」
雑談をしているうちに、ホテルに到着。レザー・ルージユもそうだったが、帰りは早いように思えるのは気のせいだろうか。小雨が降るなか4WDを降りて、ホテルのレストラン「タメルザ・テラス」にかけ込んだ(写真左 : レストランの入口・写真右 : レストラン内部)。
昼食のメニューは次の通り。
・サラダ(写真左)
・ケルクナ[チキン](写真中)
・ナツメヤシのムース(写真右)
我々が席に着いてしばらくすると、レザー・ルージュで一緒だった別の日本人の団体が入って来た。彼らはこのホテルには宿泊していないので、昼食だけのようだ。あまり時間が無かったので、我々は早めに昼食を終え、午後の観光に出かけた。
WIKIPEDIA(Lezard rouge)のHP
http://fr.wikipedia.org/wiki/L%C3%A9zard_rouge
Le Train Lezard RoureのHP
http://www.lezard-rouge.info/
(参考文献)
・「チュニジア」(チュニジア政府観光局・チュニジア大使館観光文化部)
・「地球の歩き方 08~09 チュニジア」(地球の歩き方編集室編)[ダイヤモンド・ビッグ社]
・「素晴らしい世界の国々 ガイドシリーズ2 チュニジア」(ビッグボーイ編集部編)[楽天舎書房]

















































Comments
私は、昨年よりブログをかきはじめました。道遠しと思い
つつ、喜寿ながら、拙い投稿をものにしている。ブログ
では「コインの散歩道」や「MEMO」等の貨幣関係を
よく読むが、あなたのブログは秀逸、欠かさず読んでい
ます。私に伊に50数年来の友人がいるが彼女の長男に
“大和撫子と結ばれ、中華料理を食べ、西洋館に住むのが世界一の幸福者”と言うとペルジア大に留学の邦人の、
才媛と結ばれ嬉しいかぎり。仏人は気難しいと聞くが、
数年前ルルドの旅で車中で知り合った爺さんと文通中。
楽しきかな人生!益々の健筆を祈念します。
私ブログ検索→「RUBOTAN8」「平木輝夫」貨幣業です。
Posted by: 平木 輝夫 | February 01, 2009 at 10:21 PM