フランス革命期に発行された代用通貨
貨幣ぶらり旅(第158回)
マイ・コイン・コレクトョン(第16回)
先日入手した「TOKEN COIN(代用通貨)」2点をご紹介する。どちらも、フランス革命期に不足していた少額貨幣を補うため、「フランス・モネロン商会」により発行された「額面2ソル」の銅貨である。
「モネロン商会」は、フランスの政財界で活躍した「モネロン・ファミリー」によって運営された商社で、1791年に少額コインの製造権を得、その年の末頃から、イギリス・バーミンガムのソーホーで「代用通貨」の製造を始めた。しかし1792年5月の法律でプライベートなコインの発行が禁じられたため、製造は中止されたが、少額貨幣の不足が続いていたため、1793年の終わりまで「代用通貨」は流通していたようだ。
ちなみに、当時の貨幣単位は次の通り。
・1リーブル=20ソル[=240ドルニエ]
・1ソル=12ドルニエ
次に、個別のコインについて観る。少額通貨不足を補うために発行されたことから、活発に流通しており、今回手に入れたコインのように、「未使用状態」のものは希少のようだ。
① 2SOL[KM#Tn25 : Standard Catalog of WORLD COINS(Krause刊)]


(表面 : 写真上)
デザイン : 座像・碑「DROITE DE L’HOMME ARTIC.Ⅴ.」
周辺「LIBERTE SOUS LA LOI」
エクサージ(下部)「LAN Ⅳ・DE LA LIBERTE」
(裏面 : 写真下)
周辺「MONNERON FRERES NEGOCIANS A PARIS」
中心部「MEDAILLE DE CONFIANCE DE DEUX SOLS A ECHANGER CONTRE DES ASSIGNATS DE 50ET AUDESSUS 1791」
② 2SOL[KM#Tn23 : Standard Catalog of WORLD COINS(Krause刊)]


(表面 : 写真上)
デザイン : 座像・碑「DROITE DE L’HOMME ARTIC.Ⅴ.」
周辺「LIBERTE SOUS LA LOI」
エクサージ(下部)「LAN Ⅳ・DE LA LIBERTE」
(裏面 : 写真下)
周辺「REVOLUTION FRANCAISE 1792」
地「MEDAILLE QUI SE VEND DEUX-SOLS A PARIS CHEZ MONNERON | PATENTE |」
最後に、以前取り上げたアッシニア紙幣に関する年表に、今回の「代用通貨」を追記した。その位置づけを確認するための参考になるのではないだろうか。
[年表]




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(1789年)
5月5日 ヴェルサイユで三部会が開かれるが、議決方法で特権身分と第三身分とが対立
6月 テニスコートの誓い
7月14日 バスティーユ牢獄を襲撃
8月4日 封建的特権の廃止
同月26日 人権宣言
10月 女性を先頭にしたパリの民衆がヴェルサイユで行進し、改革に否定的な王家をパリに移転させる
11月 教会財産を没収し、国有化する
12月19日 革命政府が一般市民から献納金を求めるが、十分に集まらなかったため、革命により没収した教会の土地を担保に、年利5%の「利付国庫債券」(10,000リーブル券)を4億リーブル発行する(当初から紙幣の鋳造硬貨に対する交換比率が95%、すぐに90%になる)
(1790年)
教会財産を没収、ギルドを廃止して営業の自由を確立
4月 年利3%の利付債券(2百、3百、1千リーブル券の三種類)を4億リーブル発行し、強制通用力を付与(「受け取らなければ死刑に処する」というもの)する
9月 最低額面を小口化(50リーブルへ) した無利子の債券を8億リーブル発行する
10月 既発の利付債券も無利子にする(事実上アッシニア紙幣の登場)
同月 国有地の売却始まる
(1791年)
フランス・モネロン兄弟商会より「額面2SOL(ソル)の代用通貨①」が発行される
6月 ルイ16世は王妃マリ・アントワネットの実家のオーストリアに逃亡を試みるが失敗する(ヴァレンヌ逃亡事件)
同月 アッシニア紙幣を6億リーブル発行する
同月 最低額面の小口化を進める(5リーブルへ)
9月 一院制の立憲君主政を定める
11月紙幣の鋳造硬貨に対する交換比率が82%に低下
(1792年)
フランス・モネロン兄弟商会より「額面2SOL(ソル)の代用通貨②」が発行される
最低額面の小口化を進める(0.5リーブル[=10スー]へ)
4月20日 オーストリアと開戦
7月 プロシアに宣戦
同月30日「アッシニア紙幣」発行(写真左: 5リーブル)
5月 プライベートコインの発行が禁じられる
6月 紙幣の鋳造硬貨に対する交換比率が57%に低下
8月 王権停止
10月24日「アッシニア紙幣」発行(写真中左: 25リーブル)
12月14日「アッシニア紙幣」発行(写真中右: 50リーブル)
12月末 「モネロン商会」発行の「代用通貨」の流通が終わる
(1793年)
1月 ルイ16世が処刑される
5月23日「アッシニア紙幣」発行(写真右: 10スー[=0.5リーブル=120ドルニエ])
6月 封建地代の無償廃止・亡命貴族らから没収した土地(国有財産)の競売・物価統制を目的とした穀物に対する最高価格令の施行
8月 アッシニア紙幣の発行残高が37億リーブルに達し、紙幣の鋳造硬貨に対する交換比率が22%に低下する
9月末 すべての商品に最高価格を設定したおかげで、一時的に紙幣の鋳造硬貨に対する交換比率が50%程度に回復する
10月 マリ・アントワネットが処刑される
(1794年)
7月 ロベスピエールがテルミドールのクーデターで権力を失い処刑され、穏健共和派が有力となる
12月24日 最高価格令廃止・金属貨幣売買の禁令を解く
(1795年)
総裁政府樹立
紙幣と硬貨の交換比率が0.5%にまで低下する(1795年末には月間50億リーブルも発行される)
6月 インフレ率が80%に達する
12月21日 アッシニア紙幣の発行残高が292億リーブルになる
12月22日 紙幣の発行限度を400億リーブルとする
(1796年)
2月19日 発行上限に達したため、アッシニア紙幣の原版・印刷機械を、バンドーム宮殿で公開にて廃棄処分する。しかし夏場には、名目価値の1,000分の1になる
(参考文献)
・「国債の歴史」(富田俊基著)[東洋経済新報社刊]
・「マネー・その歴史と展開」(ジョン・K・ガルブレイス著)[TBSブリタニカ刊]
・「西洋貨幣史・下」(久光重平著)[国書刊行会刊]
・「お札の文化史」(植村峻著)[NTT出版刊]
・「詳説世界史」(佐藤次高ほか著)[山川出版社刊]
・「Standard Catalog of WORLD PAPER MONEY 2」(1368-1960)[Krause刊]
ウィキペディア・フリー百科事典(アッシニア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%83%E3%82%B7%E3%83%8B%E3%82%A2
平成21年2月15日付当ブログ「貨幣ぶらり旅(第149回)」
http://coinkun.cocolog-nifty.com/coin/2009/02/26-131b.html



















































































































































































































