ブカレスト市街散策(1)
ブルガリア・ルーマニアの旅(第17回)
午後5:30、 「大主教教会」の見学を終えた後、ツアーを離れ、一人でブカレスト市街観光へ出かける。最初に向かったのは「旧王宮跡」(写真)だ。「大主教教会」から坂道を下り「統一広場」の前に出る。そこから北へ150mの所に「旧王宮跡」がある。ここは、ドラキュラ伯爵のモデルと言われているヴラド・ツェペシュが、15世紀に築いた砦の跡である。この辺りは、ブカレストで最も古いエリア。戦乱や地震のため、遺跡の発掘現場のようになっているが、その前には露店が並び、買い物客で賑わっている。旧王宮の地下も見ることが出来たが、特筆すべきものはない。遺跡の中央に立っている、ヴラド・ツェペシュの胸像が印象に残る。
ウィキペディア・フリー百科事典(クルテア・ヴェゲ : 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Curtea_Veche
続いて、隣に建つ「クルテア・ヴェゲ教会」(写真左)だ。1559年に建てられた、ブカレスト最古の教会である。教会内は観光客で一杯だった。正面には黄金に輝くイコノスタシスがある。ルーマニア正教教会で、王門の左右には「キリスト」と「聖母マリア」のイコン、そして王門の上には「最後の晩餐」のイコンが掲げられている(写真中左・中右・右)。そのほか壁に描かれたフレスコ画も美しい(写真下段)。
教会を出た後、「N.balcescu通り」を歩き、「Lipscani通り」を抜け、「ルーマニア中央銀行」に向かった。美しい「ルーマニア・国立図書館」(写真左・中左・中右)の建物の前を通ると、コリント式の柱が並ぶ、機能的な建物が現れる。これが「ルーマニア中央銀行」(写真右・下段)だ。貨幣博物館はこの中にあるのか。本日は日曜日なので、正面入り口は閉まっている。裏手に回るが入口は無い。柵の内側に、数人の警備員らしき人達がいたので、貨幣博物館に行きたいのでどこにあるのかと尋ねると、一人の男性から「閉まっている」との返事。事前にネットで調べたところ、午後7:00まで開いているはずだったので、時間が変更になったのかと尋ねると、そうではなかった。何カ月も前から、一般公開を止めていたのだ。半信半疑だったが、仕方がないので諦め、そのまま市街観光を続けることにした。
ルーマニア中央銀行(英語版)
http://www.bnro.ro/Home.aspx
ルーマニア中央銀行貨幣博物館(英語版)
http://www.bnro.ro/Museum-2727.aspx
西に進んで、「Calea Victoriei通り」に出る。この通りには、いくつもの美しい建物が並ぶ。最初は「ルーマニア貯蓄銀行」だ(写真左・中左)。1900年に造られた建物。ここは、16世紀に建設され修道院の跡地との事。道路を挟んで、その斜め向かいには「ルーマニア国立歴史博物館」がある(写真中右・右)。1894~1900年にかけて建築されたネオ・クラシックの建物で、元の郵便局。「故チャウシェスク大統領夫人がしばしばダンスパーティーを催していたという、―(省略)―展示物は、古代ダキア人の宝飾品や武器など、遺跡からの発掘品が多い」(「’09~’10地球の歩き方 ブルガリア・ルーマニア」より)との事。
ウィキペディア・フリー百科事典(Calea Victoriei通り: 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Calea_Victoriei
ウィキペディア・フリー百科事典(ルーマニア国立歴史博物館: 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/National_Museum_of_History_of_Romania
「Calea Victoriei通り」を北に進み、「Zlatari正教教会」(写真左・中左)の前を通り、「レジーナ・エリザベータ通り」がクロスする交差点を渡ると、左手に「軍人クラブ」(写真中右・右)がある。1911年に造られた建物だ。さらに50mほど歩くと、右手に「オデオン劇場」(写真下左)が見える。「地元のおしゃれな若者に人気の劇場」(「’09~’10地球の歩き方 ブルガリア・ルーマニア」より)のようだ。「NOVOTEL」(写真下中左)の前を通って100mほど北に進むと、「クレツレスク教会」(写真中右・右)だ。18世紀に建てられた、典型的なルーマニア正教の教会である。入口ポーチの天井には、善と悪を裁く神の姿が描かれた、18世紀当時のフレスコ画を見ることが出来る。そして教会の北側には、「国立美術館(共和国宮殿)」、その向かいには「旧共産党本部」と「大学図書館」、その先には「革命広場」がある。
軍人クラブ(英語版)
http://www.cmn.ro/
ウィキペディア・フリー百科事典(軍人クラブ: 英語版)
http://ro.wikipedia.org/wiki/Cercul_Militar_Na%C5%A3ional
ウィキペディア・フリー百科事典(オデオン劇場: 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Odeon_Theatre
ウィキペディア・フリー百科事典(クレツレスク教会 : 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Kretzulescu_Church
「革命広場(写真左)は1989年の民主革命時の銃撃戦の舞台となった。南東端に建つ旧共産党本部」(写真中左)は、そのテラスで故チャウシェスク大統領が、大群衆を前にして最後の演説をした場所としてあまりにも有名になった。民衆の大ブーイングで演説が遮られると、彼は屋上からヘリコプターで逃亡した。トゥルグヴィシュテへと落ち延びた大統領は、その近郊にあるデアル僧院の兵営内で妻と共に処刑された」(「旅名人ブックス ルーマニア」より)。「旧共産党本部」の建物の前には、革命犠牲者のために建てられた慰霊碑(写真中右)がある。「国立美術館」(写真右)は、「共和国宮殿」の一部が使われており、「1989年、革命広場での銃撃戦の戦火を受け、多くの絵画が焼失してしまったものの、量・質ともにルーマニア最大級の規模を誇る」(「’09~’10地球の歩き方 ブルガリア・ルーマニア」より)との事。
ウィキペディア・フリー百科事典(国立美術館: 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/National_Museum_of_Art_of_Romania
ウィキペディア・フリー百科事典(1989年ルーマニア革命: 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Romanian_Revolution_of_1989
ウィキペディア・フリー百科事典(革命広場: 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Revolution_Square,_Bucharest
「ヴィクトリア通り」をさらに北に進みたかったのだが、そろそろ疲れが出てきたので、ホテルに向かうことにした。途中、「革命広場」の東側にある「アテネ音楽堂」(写真)の前を通る。クリーム・イエローのイオニア式の列柱が目立つ。柱の後ろには、かつてルーマニアを統治した5人の支配者のモザイク画が飾られている。この音楽堂は、1888年にオープン。600のシートと52のボックスがあり、主にクラシックコンサートが催されているとの事。本日も入口が混雑していたので、何かのコンサートがあるのであろう。
アテネ音楽堂(英語版)
http://fge.org.ro/ateneul-roman/lang-pref/en/
ウィキペディア・フリー百科事典(アテネ音楽堂: 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Romanian_Athenaeum
音楽堂から東に進み、「バルチェスク通り」に出る。ブカレストで最も賑わいのある通りのひとつであろう。ここから、本日宿泊するホテル「インターコンチネンタル」が見えている(写真左)。300mほど歩くとホテルに到着した。午後7:10、他のツアーメンバーは夕食に行っているので、私だけが先にチェックインすることになったが、この旨、添乗員がホテルに連絡してくれていたおかげで、パスポートを見せるだけでスムースに手続きを終えることが出来た。部屋は9階で、見晴らしは良い。それほど広くはないが、ブルーを基調に落ち着いた雰囲気の部屋である。ベッドは私好みのダブル。落ちる心配をすることなく、ゆったりと眠れる(写真中左・中右・右)。
インターコンチネンタル・ブカレスト
http://www.ichotelsgroup.com/intercontinental/ja/jp/locations/overview/bucharest
午後7:20、夕食用のハンバーガーを買うため、すぐに出かける。しかし、まだルーマニア・レウを全く持っていなかったので、ホテル近くの外貨両替所で20ユーロ分(82レイ)両替する。ちなみに、ホテルでは外貨両替をしてくれなかった。「大学広場」(写真左・中左)の前を通り、「レジーナ・エリザベータ通り」を西に進む。「大学広場」の前では、通路に露天商が本を並べて販売していた(写真中右・右)。雰囲気の違いはあるが、この光景は私に、フランス・パリ、シテ島南側、セーヌ川沿いに並んでいた露店の本屋を思い出させた。
ブルガリアではすぐに見つかったマクドナルドが、なかなか見つからない。仕方がないので、先ほど歩いた「軍人クラブ」の南側にあるケンタッキー・フライドチキンで、チキンバーガーやフライドチキンを買ってホテルに戻る。ロビーに入ると、ちょうどツアーの人達が到着していた。預けていた荷物を添乗員から受け取り、明日の予定をチェックした後、部屋に戻った。午後8:05頃、部屋で夕食のハンバーガーを食べ、入浴、資料整理を済ませて、午後10:00頃、ベッドに入った。
(参考HP)
ウィキペディア・フリー百科事典(ブカレスト)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88
ウィキペディア・フリー百科事典(ブカレスト : 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Bucharest
ウィキペディア・フリー百科事典(ルーマニア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%82%A2
(参考文献)
・「’09~’10地球の歩き方 ブルガリア・ルーマニア」(地球の歩き方編集室編)[ダイヤモンド・ビッグ社刊]
・「旅名人ブックス ルーマニア」(旅名人編集室編)[日経BP企画刊]
・「図説バルカンの歴史(ふくろうの本)」(柴宣弘著)[河出書房新社刊]























































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