「シナイア僧院」と夏の離宮「ペレシュ城」
ブルガリア・ルーマニアの旅(第25回)

「ブラン城」を出てバスで約1時間、「シナイア僧院」(写真)に到着した。「ブラショフ」から南へ約70~75kmに位置する。「シナイアという名前は、中世のルーマニア貴族のミハイ・カンタクジーがつけた。彼は1695年にイスラエルへ巡礼の旅に出かけた。その時に聖書に登場するシナイ山に参詣し、帰国とともにシナイア修道院を建てた。修道院の名はやがて、町の名前として定着していった。その後、カロル一世(1866~1914)がこの地に夏の離宮を建て、シナイアはたちまち高級リゾートへの道を駆け登ることとなった」(「旅名人ブックス ルーマニア」より)。このため、「宮殿風の小さな館がところどころに建ち並び、ルーマニアのほかの都市にはない町並みが見られる。貴族が建てた館は現在、宿泊客用のヴィラとして使われている。「カルパチアの真珠」の愛称をもち、ブカレストからも近いので夏は避暑地、冬はスキーリゾートとしてたくさんの観光客を引きつける」(「’09~’10地球の歩き方 ブルガリア・ルーマニア」より)。
門を入ると、正面に赤と白の縞模様の鐘楼をもつ建物が見える(写真左)。19世紀半ばにドイツから招かれ、ルーマニア王国の最初の皇帝になったカロル一世が建てた教会だ。ミハイ・カンタクジノが建てた古い修道院は、新教会の正面、白い壁に囲まれた中にある(写真中左)。「17世紀末にカンタクジノを継いだブルンコヴェアヌ公がポーチを増築した以外、当時のまま保存されている」(「’09~’10地球の歩き方 ブルガリア・ルーマニア」より)との事。ちなみに、入口手前に屋根が付けられているのは、かつて女性がミサのために院内に入れなかったため、女性のために造られたものらしい。修道院の入口や院内の低い天井に描かれたフレスコ画は素晴らしい(写真中右・右)。正面のイコノスタシス(写真下左)、王門の左右には「キリスト」と「マリア」のイコンが飾られているが、ここではイコンの上に銀がかぶせられている点、これまでに見てきたものとは異なる。ロシアでは良く見られるスタイルではなかったであろうか。なお、王門の上に「最後の晩餐」は掲げられていない。その他、ドームや天井、壁に描かれたフレスコ画も美しい(写真下中左・下中右・下右)。
新教会の入り口を見ると、扉の上にフレスコ画が描かれている(写真左)。中に入ると、正面には立派な黄金のイコノスタシスがある(写真中左)。ブルガリアで良く見たのと同じ、典型的な正教スタイルだ。こちらも古い修道院と同じく、王門の左右には銀をかぶせられた「キリスト」と「マリア」のイコンが飾られている。そして王門の上には、「最後の晩餐」のイコンが置かれていた(写真中右)。その他、ドームや天井、壁に描かれたフレスコ画は、多くの金が使われた豪華なものである(写真右)。
ウィキペディア・フリー百科事典(シナイア僧院 : 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Sinaia_Monastery
午後12:15バスに集合。わずか3分で下車。そこから徒歩で4~5分。レストラン「エコノマット」で昼食を取る。外観は、ドイツの木組みの家の雰囲気を持つ建物。手前の庭も美しい(写真左)。レストラン内部は改装されて新しいのであろう。今風で明るく、清潔な感じだ(写真中左)。昼食のメニューは次の通り。
・「野菜スープ」(写真中右)
・「ポーク&フライドポテト」(写真右)
・「フルーツポンチ」(写真下)
約1時間で食事を終え、この旅最後の観光となる「ペレシュ城」を訪ねた。レストランから徒歩で10分ほどの所にある。途中、レストランと同じような建物が並び美しい景観(写真左)。ルーマニアのほかの都市にはない町並み、「カルパチアの真珠」と言われるだけのことはある。斜面を上ると、ルーマニアで最も壮麗な城と称えられる「ペレシュ城」が現れた(写真中左・中右・右)。ルーマニアで最も長く王位に就いていた「カロル一世」が、ルーマニア王室の夏の離宮として建てた城で、1875年に着工、39年後の1914年に完成した。敷地面積は3,500㎡、ルネツサンス、バロック、ロココの各様式を取り入れたドイツ・ルネツサンス様式。建設総額は、およそ1,600万金ルーマニアレイ(現在の110~120億円程度)と言われている。ガイドの話では、すべて王の自己財産を投じて建てたと言っていたが、「旅名人ブックス ルーマニア」には「こうした王の奢侈の陰で、一般大衆は困窮をつのらせていた。その最も際立った例が、1907年に起きた、ワラキアとモルドヴァの農民による大蜂起であった。権力の遺産には、いつも民衆の涙と怒りが染み込んでいる」と書かれている。一般大衆から巻き上げて蓄えた財産を投じたのだろうか。ちなみに、城の前に立つ軍服の銅像が「カロル一世」である。
城の中には、王の執務室や会議室、レセプションホール、図書室など、160以上の部屋があり、そして各部屋には、超一流の絵画や彫刻などの美術品、陶磁器、金銀、宝飾品、中世の武器などが飾られている。これらの中から、印象に残った5点をご紹介する。
城の中央にある玄関ホール。3フロア吹き抜けで、天井部分はステンドグラスになっているため、照明なしでも明るい。壁や欄干はすべてドイツ産の樫の木で出来ており、デザインはすべて手彫り。素晴らしい装飾と、その美しさに圧倒される。
ドイツ・ネオ・ルネツサンス様式の部屋。壁下半分の部分は、こちらもドイツ産の樫の木出てきている。この部屋には、カロル一世の集めた甲冑や槍、刀剣などの武器4,000点以上展示されており、東ヨーロッパ一のコレクションと言われている。
ステンドグラスで飾られた窓のそばには、ドッシリとしたライティング・デスク。棚には陶磁器が並べられ、壁には「カロル一世」と「王妃エリザベータと娘」の肖像画がかけられている。
かつてここには一万冊以上の本が置かれていた。現在は、大半がブカレストの歴史博物館に保管されているとの事。本棚の下にある秘密のボタンを押すと、隠し扉が開く構造になっている。寝室に通じているという。秘密の通路というよりは、読書したあと眠くなった時に、直接寝室に行けるようにするため造られたものらしい。
かつての音楽室。オルガンやハープが見られる。王妃エリザベータの希望により、1905年から執筆室として使われるようになった。窓の美しいステンドグラスは、ルーマニア地方に伝わる妖精のお話しをテーマにしたもの。
これら以外にも、イタリア・ネオ・ルネツサンス様式の「フィレンツェの間」(写真左)や、「劇場」(写真中左)、「リビングルーム」(写真中右)、「トルコの部屋」(写真右)など、素晴らしい部屋がいくつも続く。40分ほどの時間しかなかったので、ジックリ見ることが出来なかったのは残念であった。
午後2:20、城を出てバスの待っている駐車場に向かう。昼食を頂いたレストランでトイレ休憩を取り、午後3:02、バスでブカレストに向かった。
ペレシュ城(英語版)
http://www.peles.ro/
ウィキペディア・フリー百科事典(ペレシュ城)
http://en.wikipedia.org/wiki/Pele%C5%9F_Castle
シナイア情報(英語版)
http://www.montania.ro/en_Sinaia_info.htm
(参考文献)
・「’09~’10地球の歩き方 ブルガリア・ルーマニア」(地球の歩き方編集室編)[ダイヤモンド・ビッグ社刊]
・「Peles(英語版)」(Mihai Ion Pascu編 )[DEC刊]
・「旅名人ブックス ルーマニア」(旅名人編集室編)[日経BP企画刊]
・「図説バルカンの歴史(ふくろうの本)」(柴宣弘著)[河出書房新社刊]















































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