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November 01, 2009

マダバの聖ジョージ教会

シリア・ヨルダンの旅(第20回)

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昼食会場であった「マダバ・イン・ホテル」から5~60mの所に、「聖ジョージ(ゲオルギウス)教会」がある。街の中心となる道路を右手に見ながら、2~3分で到着(写真)。この教会は、ギリシャ正教の教会で、6世紀、ユステイニアヌス帝の時代に建てられた。「パレスチナの絵図」のモザイク床で知られている。

ウィキペディア・フリー百科事典(マダバ)
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ウィキペディア・フリー百科事典(マダバ : 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Madaba
ウィキペディア・フリー百科事典(ゲオルギウス)
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ウィキペディア・フリー百科事典(ゲオルギウス[Saint George] : 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Saint_George
ウィキペディア・フリー百科事典(ユステイニアヌス帝)
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教会内に入り、正面に向かって右側中央辺りに、人だかりが出来ている(写真左)。ここに「パレスチナの絵図」のモザイクがあるのだ(写真右)。朝ホテルで、また先ほど訪れたモザイク工房でレプリカを見たが、今度は本物である。縦6m、横16mの大きさがあり、8世紀の地震により一部失われているが、残存する部分だけでも自由文に楽しめる。少し詳しく見てみよう。

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モザイク画の中心に大きく描かれているのが死海で、船が浮かんでいる(写真右上)。死海から、左手に細長く続いているのがヨルダン川(写真左上)。死海に入った魚が、塩辛かったためあわてて引き返している様子が描かれているという。死海に浮かぶ船の下方に描かれているのはエルサレムの街で(写真左下)、街の中央、左から右に一直線に伸びるのが、メイン通りである列柱道路だ。この道路の左端にあるのは列柱広場で、反対側の右端はゲートである。その周囲には、住宅街や教会等が並び、城壁には17の塔が立っている。エルサレムの街の右手にはベツレヘム(写真右中)が、また左手にはパレスチナの古都エリコ(写真右下)が見える。

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モザイク床周りの混雑から抜け出し、次はイコノスタシスを見ることにした(写真左)。「ブルガリア・ルーマニアの旅」の時にお話ししたが、正教教会のイコノスタシスの中央上には、原則「最後の晩餐」の画が掲げられている。まず、この教会の「最後の晩餐」の画から見ることにした。イコノスタシスの前に行くと、お約束の通り「最後の晩餐」の画が掲げられていた(写真中左)。地域の特色が出た画が描かれていることもあるのだが、この教会のものは、非常にノーマルな感じのものであった。その後、一通り教会内部を見て廻る(写真中右・右)。小さな教会のため、30分ほどで見学を終え、教会の裏を歩いてバスに戻った(写真下左)。途中、オーソドツクススクール(写真下中左)や聖ジョージ幼稚園(写真下中右)などがある。この場所からは、昼食会場であった「マダバ・イン・ホテル」(写真下右)も見える。

ウィキペディア・フリー百科事典(正教会)
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ウィキペディア・フリー百科事典(イコノスタシス)
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平成21年6月8日当ブログ「ソフィア市街観光(その1 : アレクサンドル・ネフスキー大聖堂)」 http://coinkun.cocolog-nifty.com/coin/2009/06/1-ac3f.html


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本日の観光はこれで終了。後は「ペトラ」に向けて走るだけだ。ペトラは、マダバから南に240kmほど離れている。砂漠の中を1時間ほど走って(写真左)、「DOLMEN」という土産物店で30分ほど休憩をとり(写真中左)、ペトラ山の全景を撮るため途中で数分バスを降りたが(写真中右)、それ以外はただ走るだけ。砂砂漠、礫砂漠と、すでに見慣れた単調な景色が続くだけなのだが、それでも窓の外を眺めていると何故か楽しい。16:59、ようやく本日宿泊するホテル、「クラウン・プラザ・リゾート・ペトラ」に到着した(写真右)。

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ホテルは、砂漠と奇怪な形をした岩山(写真左)の中にあるのだが、リゾートホテルに相応しい作りになっている(写真中左)。部屋も少し広めで落ち着いた雰囲気。ワインレッドのベッドカバーが印象的である(写真中右・右・下左)。私は、部屋に入ってから直ぐに水着に着替え、ホテルのプールに向かった。外国人カップルが2組いただけで、ゆったりとくつろぐことができる雰囲気(写真下中左)。プールの水も温かく、長い間入っていても全く問題はない。久しぶりに泳ぎを楽しむことができた。しかしプールから上がると、非常に寒い。風が出てきたので、体が濡れていると、異常に寒いのだ。急いで体についた水滴を拭き取り、プールサイドのベッドに寝転んだ。まだ太陽が照りつけているので、今度は肌が焼けているのを感じる。ここから見えるぺトラの岩山の眺めもなかなか良い(写真下中右・下右)。45分ほどここで過ごし、日が沈み始めたので部屋に戻る。

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19:00から夕食だったので、入浴だけ済ませ、ホテルのレストランに向かった(写真左)。本日の夕食もバイキングスタイルである。肉、野菜に果物、それぞれ非常に種類は豊富だ(写真中左・中右・右)。いろいろなメニューを少しずつ頂いた。1時間半ほどで食事を終え、部屋に戻る。今晩は、いつも行う資料整理の前にしなければならないことがあった。それはズボンの修理である。実は、この日の午前中、ズボンのお尻の部分が裂けてしまったのである。自分には見えないのでそのままにしていたのだが、周りの人には目立つようで、「替えズボンは持ってないの?」とか「何とかならないの?」などとあまりにも頻繁に言われたので、裂け目を繕うことにしたのである。小学校の家庭科で運針の練習をして以来だったが、30分ほどで上手く縫い合わせることができた。当時、家庭科は得意だったのだ。老眼なので針に糸を通す事が少々難儀だったことと、指が太くなっていたので、縫い目が少し粗くなったこと以外は、当時と変わらない。その後1時間ほどかけて資料整理と明日観光するペトラ遺跡に関する予習をして、22:20頃ベッドに入った。

クラウン・プラザ・リゾート・ペトラ
http://wwwcrowneplaza.com

・「地球の歩き方ヨルダン・シリア・レバノン 07~08」(地球の歩き方編集室)[ダイヤモンド社刊]
・「芸術と歴史の国ヨルダン(日本語版)」(Francesca Casule著)[ BONECHI刊]

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