« ドブロヴニク散策(その1) | Main | モンテネグロの要塞都市「コトル」 »

October 07, 2011

ドブロヴニク散策(その2)

クロアチア・スロベニアの旅(第16回)

午前11:30、ホテルに戻り、最初にシャワーを浴びる。とにかく暑いのだ。シャワーの後は、冷えた炭酸入りの水を数杯飲む。ようやく落ち着いたので、昼食用に準備していたパンなどを頂く。この後ベッドで横になっていると、いつの間にかグッスリ眠っていた。

Dsc02120


午後1:05、再び「旧市街」へ出かける。途中にあるビーチを見ると、人で一杯だ(写真)。私も観光ではなく、ビーチでゴロゴロしようかとも考えたが、まだ見たいところがあったので、誘惑に負けず「旧市街」に向かった。朝と同じルートでルジャ広場まで行く。
ここからはまた、訪れた場所、見たものを順にご紹介する。


・「総督邸(文化歴史博物館)」
Dsc02185Dsc02163Dsc02183Dsc02179Dsc02187Dsc02188


午前中に訪れた時にご案内した部分は省略するが、内部は現在「文化歴史博物館」になっている。ゲートをくぐると中庭があり、そこには青銅の像が置かれている。共和国の功労者「M.プラツァト」の像だ。彼はロプドの裕福な船主で、自分の遺産を共和国に寄贈したことから、1638年に元老院はこの像を建てたとの事。共和国一千年の歴史で、彼だけが像を献じられた市民のようだ。
館内には、いろいろな様式の家具や絵画、武器などが展示されている。中でも私の興味を引いたのは、貨幣だ。ラグーサ共和国時代のものだけでなく、オーストリア・ハンガリー帝国時代の貨幣も並べられていた。

旧総督邸(英語版)
http://www.mdc.hr/dubrovnik/eng/kulturnopovijesni/index.html
ドブロヴニクの博物館(英語版)
http://www.mdc.hr/dubrovnik/eng/index.html

・「セルビア正教会」
Dsc02197


この教会が建てられたのは、オーストリア・ハンガリー帝国時代の1877年である。スプリットの建築家「エミール・ヴェキエッティ」の設計によるもの。ラグーサ共和国時代には、旧市街に正教の教会を建てることが禁じられていたため、共和国が消滅してようやく建設することができたのである。「イコン博物館」が併設されており、15世紀から19世紀に、ダルマチアをはじめ、ギリシャ、ロシアモンテネグロで作られた貴重なイコンも展示されているという。閉館時間が午後2時だったので、今回は見ることができなかった。

・「マリン・ドルジッチの家」
Dsc02200_2Dsc02232_2Dsc02216_2Dsc02220_2Dsc02223_2Dsc02225_2

マリン・ドルジッチは、ドブロヴニク出身の劇作家で、かつてこの建物に住んでいたことから、1989年に彼の記念館としてオープンした。ここには、「クロアチア国内外で上演されたドルジッチ作品のポスター、プログラム、写真など劇場関係のコレクションが展示されており、ドブロヴニクのサマーフゥスティバルやその他のクロアチアで披露されてきた、20世紀の演劇の世界を紹介して」(「ドブロブニクより愛をこめて(日本語版)」より)いる。

ウィキペディア・フリー百科事典(マリン・ドルジッチ[Marin Drzic : 英語版])
http://en.wikipedia.org/wiki/Marin_Dr%C5%BEi%C4%87
マリン・ドルジッチの家の公式HP(英語版)
http://www.mdc.hr/dubrovnik/eng/marindrzic/index.html

・フランシスコ会修道院の回廊
Dsc02277Dsc02283Dsc02303Dsc02256Dsc02260Dsc02263

午前中、回廊と薬局を見ることができなかったので、再びここにやって来た。先ほど教会は見たので、今回は直接「回廊のある中庭」に向かった。「ドゥブロヴニクー歴史・文化・芸術遺産―(日本語版)」によると、「この回廊はバルのM.ブライコヴが1360年に建てたもので、アドリア海東岸でも有数の貴重な後期ロマネスク様式の回廊です。全体がよく調和とれており、庭を囲む回廊は日本の細い六角柱が一組になり天井を支え、それぞれが異なった柱頭をもっています」との事。中庭の中央には、15世紀に造られた井戸がある。また回廊の壁には、イタリアのアッシジ出身で、フランシスコ修道会の開祖として知られる「聖フランシスコ」の生涯が描かれている。

Dsc02264Dsc02309

この修道院内には、1391年に開業したヨーロッパでも3番目に古い薬局がある。博物館には、当時の薬局で使われた薬壺や器具類が展示されている(写真左)。なお、薬局はいまでも営業を続けていた(写真右)。

・「ピレ門」
Dsc02346Dsc02348Dsc01723Dsc01651

「旧市街の」西に位置するこの門が、一番出入りする人の多い門ではないだろうか。広場にはバス停があり、多くのお店が並んでいる。この門は1537年に建造された。門の上にはドブロヴニクの守護聖人「聖ヴラホ」の像が立っている。これはクロアチアを代表する彫刻家「イヴァン・メシュトロヴィチ」により、1922年に作られたものだ。

ウィキペディア・フリー百科事典(イヴァン・メシュトロヴィチ[Ivan Mestrovic : 英語版])
http://en.wikipedia.org/wiki/Ivan_Me%C5%A1trovi%C4%87

Dsc02391_2Dsc02411_2Dsc02440


ピレ門の見学を終え、時計を見ると午後3時過ぎであった。疲れも出て来たので、ぼちぼち歩きながらホテルに戻ることにした。プラツァ通りはクルーズ船の団体客で混雑が続いている(写真左)。日差しが強くて暑いので影を歩きたいのだが、すべての影を団体客が占拠していた。仕方がないので日が差す下を歩くが、ますます体力を消耗していく。ルジャ広場まで来て、ようやく木陰に入ることができた。多くの人が、「オノフリオの小噴水」から冷たい新鮮な水をペットボトルに汲んでいる(写真右)。頭からかけている男性もいた。少し休んでから、プロチェ門に向かって歩き始める。朝も立ち寄ったが、再び旧港を覗いてみた。大勢の観光客を乗せたボートが何隻も行き来している。壁の出っ張りに腰掛けて海を見ていると、ノンビリした気(写真下)分になってきた。ここでもしばらく「ボ~」として過ごし、再びホテルに向かった。

Dsc02130_2


プロチェ門を出て、海沿いの道を歩く。本日は夕食のない日だったので、途中のお店でピザを購入した。しばらく歩くと、ビーチが見えた。相変わらず、人で一杯だ(写真)。これほど暑いのであれば、私も水着を持ってくるべきであった。ホテルのプールでも泳げるのだから・・・。

午後3:50 ホテルに到着。部屋で洗濯、風呂、夕食を済ませ、資料整理をする。本日は疲れたので、午後8:30頃ベッドに入った。


ウィキペディア・フリー百科事典(ドゥブロヴニク)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%96%E3%83%AD%E3%83%B4%E3%83%8B%E3%82%AF

(参考文献)
・「地球の歩き方 クロアチア・スロヴェニア ‘08~’09」(地球の歩き方編集室)[ダイヤモンド・ビッグ社]
・「旅名人ブックス クロアチア」(旅名人編集室編)[日経BP社]
・「週刊世界遺産 ドゥブロヴニクの旧市街」(菅家洋也編)[講談社]
・「ドゥブロヴニクー歴史・文化・芸術遺産―(日本語版)」(DURDICA SOKOTA他編)[FORUM d.o.o.刊]
・「ドゥブロヴニク (日本語版)」(山本寧雄編)[観光出版社刊]
・「ドブロブニクより愛をこめて(日本語版)」(Roberto Palliska編)[Dotisak d.o.o.刊]
・「THE MONASTERY OF THE MINOR BROTHERS」(Mato Njavro他編)[観光出版社刊]



« ドブロヴニク散策(その1) | Main | モンテネグロの要塞都市「コトル」 »