スイス・フランス・ルクセンブルク・ベルギーの旅(第23回)
7日目・6月7日(土)[雨時々くもり]
午前6:50起床
午前7:00~7:50朝食
午前8:20ホテルを出てブリュッセル市内散策へ
最高裁判所前→プラール広場展望台→聖ジャン&聖エティエンヌ教会→プチ・サブロン広場→◎ノートルダム・デュ・サブロン教会→グラン・サブロン広場→◎ノートルダム・ド・ラシャペル教会→州庁舎→小便小僧→セラクラースの像→グラン・プラス→◎聖ニコラス教会→証券取引所→◎市立博物館→◎ビール博物館→王立モネ劇場→モネ・センター→黒い塔→◎聖カトリーヌ教会→◎聖ジャン・バプティスト・オ・ベギナージュ教会→地下鉄「サン・カトリーヌ駅」→地下鉄「セントラル駅」→◎国立銀行貨幣博物館→◎サン・ミッシェル大聖堂→コングレ広場→トラム「コングレ駅」→トラム「ジャンソン駅」→◎オルタ美術館→トラム「ジャンソン」→トラム「メロード」→サンカントネール公園→凱旋門→◎サンカントネール博物館→◎EU理事会→地下鉄「シューマン駅」→地下鉄「パーク駅」→トラム「パーク駅」→トラム「ルイーズ駅」→ヒルトンホテル
◎は入場観光
午後6:20ホテル到着
午後7:00~7:20マクドナルドで夕食のハンバーガーを購入
午後7:20~11:00夕食、入浴、資料整理
午後11:00就寝

本日のツアーの予定では、午前中ブリュッセル観光、午後から自由時間となっていたが、私にとってブリュッセルは2度目なので、前回訪れることが出来なかった所を回るため、1日自由行動にさせてもらった。朝食(写真)を済ませ、午前8:20にホテルを出発。外は小雨が降っており、傘は手放せない。以下、訪れた順にご紹介する。
①「最高裁判所」(写真左 : 広場から・写真右 : リージェンス通りから)


グレコロマン風の建物で、19世紀最大の建築物だ。1866~1883年にかけて、建築家プラークによって作られた。階段は、建築家ファン・マンスフィールドが創造した青銅の扉に向かい、広さ3,600平方メートルのロビーへと入って行く。建物全体には、20の審問室、245部屋、居住用アパートメント、監房などがある。広大なホールの装飾は、デルヴィーユが手掛けた。ドームは広場からの高さが103mあり、建築家ベノアが建設したもの。このモニュメントの4隅には、正義、慈悲、権力、法を象徴する4つの彫像が飾られているらしいが、霧が出ている上、工事中のため、残念ながら確認することが出来なかった。
②「プラール広場と展望台」(写真左 : 広場・写真右 : 展望台)


裁判所前のこの広場は、かつて「絞首刑台の丘」と呼ばれ、絞首刑台が置かれていたという。広場の北西側に展望台があり、ここからはブリュッセルの街が見渡せる。
③「プチ・サブロン広場」


1890年に造られたこの広場の周りには、48本の柱が立ち、その上にはブリュッセルの各種職業を表わしたブロンズ像が載っている(写真左)。この広場の中央には、アルブ公により有罪を言い渡され、首を斬られた、愛国者で殉教者のエグモント侯とオルヌ候の像がある。そしてその周りを、10の立像が取り囲む。これら立像は、16世紀のベルギーで活躍した人々を讃えたものだ(写真右)。
⑤「ノートルダム・デュ・サブロン教会」(写真左)




石造りのこの建物は、ベルギーで一番美しいゴシックの教会と言われている。1304年に射出組合(ギルド)によって造られ、15世紀にゴシック・フランボワイヤン様式に修復された。伝説によると、1348年にバート・ソトッキンスという女性が、この教会に奇跡の彫像を持ってきたといわれている。ところでこの教会を訪ねたのが、午前9:00前と早い時間ということもあり、私以外には誰もいなかった。内部を拝観していると、奥から男性が出てきた。小声で挨拶し、日本から来た観光客であることを伝えると、少し待てとのこと。何があるのか思ったら、一つの輪にまとめられた十数個の大きな鍵の束を持ってきて、扉を開け、小祭壇を見せてくれた。一つは、石で造られているように見えるのだが、すべて木で造られた祭壇(写真中左)。もう一つは、サン・サクレマンを祭るために造られた祭壇で、こちらはすべて石造り(写真中右)。これらを見せてもらった後、主祭壇に戻ると、高さ15mのステンドグラスが美しく輝いていた(写真右)。
⑤「グラン・サブロン広場」(写真)

17世紀頃、この広場の周辺は、品の良い貴族的な地区であった。現在は、骨董屋街になっている。広場の中央には、腰掛けたミネルヴァの噴水がある。彫刻家ジャック・ベルジェの作で、エレブリーのロルド・ブルース伯爵が、ブリュッセルに亡命中に受けた親切に対する感謝の気持ちを表明する記念として贈ったものだ。
⑥「ノートルダム・ド・ラシャペル教会」(写真左)


この教会は、ブラバン公のゴッドフロワらよって建てられた。13世紀に建設された翼廊はロマネスク様式、15世紀に再建された内陣はゴシック様式で、尖塔は16世紀に完成した。ステンドグラスは古いものではないようだが、1890年にブリュージュのドヴァーラによって作られた「聖母被昇天」・「キリスト昇天」など(写真右)、美しいものが多い。またこの教会には多くの有名人が眠っており、良く知られているは1569年に埋葬されたブリューゲル(父)である。
⑦「小便小僧」(写真)

“ブリュッセルの最長老市民”のキャッチフレーズで、世界的に有名な「小便小僧」は、別名”ジュリアン君”としても親しまれている。この像が造られた由来については、色々あるようだ。一説によると、「ある金持ちの市民が、一人の息子を祭りの日に人ごみの中で見失って5日後、彼をエテューブ通りの角で、このおちびさんが、今でもしている姿でいるところを見つけた」からだとか。また、「一人の男の子が、敵が町に火をつけようとした導火線の火を自分の出来る方法で消し、町を救った」からという説もある。ところでこの像は、世界一の衣装持ちといわれている。現在、貴族、軍隊、民族、カーニバルの衣装の他、数多くの各種職業衣装をあわせて、250着以上。1698年5月に、オランダの総督であるマキシミリアン・エマニュエルよりヴァビエールの選挙候の衣装をもらったことが始まりとの事。これらの衣装は、「王の家」と呼ばれている「市立博物館」で見ることが出来る。
⑧「グラン・プラス」



ギルドハウスに囲まれた、約110m×70mの方形広場である。「17世紀に建てられた大部分の建物は木造建築であった。1695年、フランスのルイ14世の命令によるヴィルロワ将軍の砲撃で、ほとんどが破壊されてしまう。しかし各同業組合(ギルド)は、集会場として使用する目的で、驚くべき早さで現在の石造りの建物を再建してしまった」(地球の歩き方「オランダ・ベルギー・ルクセンブルク07~08」より)との事。広場の周囲には、「市庁舎」(写真左)、「王の家」、「ブラバン公爵の館」(写真中)など、素晴らしい建物が並ぶ。広場の西側に建つゴシック・フランボワイヤン様式の建物が「市庁舎」。本日は結婚式が行われており、幸せそうな花婿・花嫁の姿を見ることが出来た(写真右)。
⑨「セラクラースの像」

グラン・プラスで最も古い建物である「星の家」の下の壁にある。「この像に触れると幸せが訪れる」という言い伝えがあることから、再び訪ねたのだが、残念ながら現在工事中。工事用に張られたパネルの上にプリントされた、「セルクラースの像」の写真しか見ることが出来ない(写真)。ちなみに「セルクラース」は、1388年に暗殺された町の英雄だ。
⑩「市立博物館」(写真左)



最初の建物は木造で、13世紀に建てられ、パン屋の倉庫として使用された。その後、臨時の監獄として使用されたこともある。1568年6月5日エグモント候とオルヌ候(先に見たとおり、プチ・サブロン広場に像が立っている)がグラン・プラスで処刑される最後の夜を過ごしたのも、この家であった。ブラバン公は、ここに税務のための事務所を置いたので、「公爵の家」と呼ばれたこともあるようだ。フランスによるベルギー征服後、この家は「市民の家」とされたが、外国の総督たちはこの家を王室の職務に使用したので、「王の家」という名称が付けられたが、実際に王様が住んだことはない。砲撃などにより傷んだため、何度も改造され、当初とはかなり違った外見となっていたが、1877~1895年にかけて、ヴィクトール・ジャマーにより、16世紀カール五世の命によって建てられた時のものに忠実に、後期ゴシック様式で再建された。現在は市立博物館として使用されている。先にお話した、「小便小僧」の衣装コレクションは、ここで見ることが出来る(写真中 : 桃太郎・写真右 : 鎧兜)。
⑪ビール博物館(写真左)



「17世紀にビール醸造者のギルドとして使われていた「黄金の木」と呼ばれる建物の地下が小さな博物館になっている。階段を下りると、そこは18世紀の醸造所。発酵用の桶など、ビールの醸造に使われる色々な道具が置かれている(写真中)。その奥には一転して現代のハイテク装置が並びコンピューターでベルギービールに関する様々なデータが検索できる(写真右)」(地球の歩き方「オランダ・ベルギー・ルクセンブルク07~08」より)。入館料は5ユーロ(ビール代込み)。ガイドブックの投稿にあったとおり、展示内容には少々ガッカリ。私はアルコールを飲まないため、館内を一巡りした後、ビールは遠慮したので、5ユーロの入館料は非常に高いものとなった。
⑫「証券取引所」(写真)

グラン・プラスの北西、約100mの所に位置するこの建物は、建築家スュイのプランにより造られたもので、新古典様式。6本のコリント式柱頭の上にある破風部分には、ベルギーが工業と商業を保護していることを象徴した薄肉彫り装飾がなされている。中央の部屋は、43mと37mの十字架の形をしており、28本の柱が丸屋根を支え構造だ。
⑬「聖ニコラス教会」(写真左)


この教会は、商人の守護神に捧げられたもので、11~12世紀頃建てられた。その後何度も破壊、再建、修復が行われ、1954年に現在の姿をみせた。内陣は1381年、そして聖処女礼拝所は1480年に作られた。主祭壇は、ヴァン・ヘルモントの「カナンの人を治すイエス」の絵で飾られている(写真右)。
(ご参考)
・ 当ブログ・平成19年4月29日付「これが本物の小便小僧だ!」(オランダ・ベルギーの旅第9回)
・ 当ブログ・平成19年4月30日付「いよいよ最終日になってしまった」(オランダ・ベルギーの旅第10回)
(参考文献)
・地球の歩き方「オランダ・ベルギー・ルクセンブルク07~08」(地球の歩き方編集部編・刊)
・るるぶ情報版「オランダ・ベルギー07~08」(小川由美子編)[JTBパブリッシング刊]
・ 「ブリュッセル(日本語版)」(THILL S.A.編)
グラン・プラスのHP
http://whc.unesco.org/pg.cfm?cid=31&id_site=857
小便小僧のHP
http://www.manneken-pis.com/intro.html
ビール博物館のHP
http://www.beerparadise.be