「カーシャーン・フィン庭園」観光後、帰国へ
イラン・ペルシャの旅(第23回 : 最終回)
レストランを出て20分ほど走ったところで、遠くに点々と突き出たものがいくつも見え始めた。最初、石油のリグかと思ったのだが、良く見ると高射砲であった。すると間もなく、道路の周囲に有刺鉄線が張り巡らされ、その向こうには見張り台が建ち、そばに戦車が並ぶ。化学工場があるので、警備しているとの事。ウランの濃縮施設を持つ「ナタンズの化学工場」である。観光客が近寄れるような場所には無いと思っていたので、予想外であった。この「イラン・ペルシャの旅」の第一回でも書いたように、イランは当初から核拡散防止条約(NPT)に加盟しており、国際原子力機関(IAEA)の査察も受け入れていることから、隠す必要はないのである。写真撮影は禁じられていたが、見るだけであれば問題はないので、少し緊張しながら雰囲気を確認した。
その後も砂漠の中を走り続け、14:20、カーシャーンの郊外に建つ「フィン庭園」(写真)に到着した。カーシャーンはテヘランとエスファハーンとの中間に位置する小さな町で、人口は約40万人。「カーシャーンの歴史は古く、アケメネス朝時代から人が住んでいたが、サファヴィー朝の王にこよなく愛された町として知られている。特にアッバース一世のカーシャーンに対する愛着は相当なもの」(「地球の歩き方2009~2010年版・イラン」より)だったとの事で、この「フィン庭園」も彼の命によって造られた。
「立派な門をくぐると正面に大きな池と離宮があり、糸杉の並木が両脇に立っている(写真)。周りを小川が巡る典型的なペルシャ庭園だ」(前掲書より : 写真)。かつてはカナルを掘り、パイプで庭園内に水を引いていたという。池では侍女や妾たちが水浴びや水遊びをしていたらしい。小川の側に並ぶベンチには、多くの人々が腰掛けて涼んでいる。女子大生らしき人達も多くいた。写真を撮らせてほしいとお願いすると、快くOKの返事。ガイドブックなどでは、男性が女性の写真を撮るのは難しいと書かれていたが、決してそのようなことはないと思う。なぜなら、イランに来て写真撮影を断わられたのは、ご主人と一緒にいる人妻だけだからだ。
小川沿いの小道を歩き、正面に建つ離宮(写真)に向かう。カジャール王朝時代に建てられたもので、壁に描かれている王子の画などはオリジナルである。庭園内をノンビリ散策するが、木陰に入ると涼しく爽やかで、本当に気持ちが良い。
庭園の離宮に向かって左手には、博物館がある。カーシャーンやアブヤーネの民族衣装、古い絨毯などが展示されていた(写真)。ここでイラン人の青年たちから、彼らを撮影しろとのリクエストがあった。写真を撮り、ディスプレイで見せてあげると、満足そうに去っていった。以前にもお話ししたが、このような場面に時々出会う。いったい何なんだ! 撮った写真を送ってほしいというのであれば、まだ分からないでもないが、彼らの行動は私には理解できない・・・・。
ウィキペディア・フリー百科事典(カーシャーン / カシャーン)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%B3
ウィキペディア・フリー百科事典(フィン庭園[英語版 : Fin Garden])
http://en.wikipedia.org/wiki/Fin_Garden
約1時間でフィン庭園の観光を終え、いよいよ帰国である。15:15、バスはテヘラン空港に向けて走りだした。再び砂漠の中を走り続ける。16:25ころ高速道路を降り、16:30、ゴムの街に建つ「アハレベイト・モスク」(写真)でトイレ休憩を取る。新しいモスクだが、とても立派で美しい姿をしている。ここには土産物店もあるので、観光客もよく立ち寄るのではないだろうか。
ところでこのゴムの街だが、実はマシュハドに次ぐシーア派の聖地なのだ。残念ながら訪ねることはできなかったが、この街には「ハズラテ・マアスーメの聖地(ハラム)」があり、国内外から巡礼者がここを訪れるのだという。
ウィキペディア・フリー百科事典(ゴム[イラン])
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%A0_(%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%B3)
ウィキペディア・フリー百科事典(ハズラテ・マアスーメの聖地[Fatima al-Masumeh Shrine])
http://en.wikipedia.org/wiki/Fatima_al-Masumeh_Shrine
15分ほどでトイレ休憩を終え、再びテヘラン空港に向けバスは走り出した。周囲は砂漠が続いていたが、しばらくすると湖が見えた。「コーム湖」という名の塩湖だ(写真左・中)。水深5~6mまで、塩で固まっているとの事。塩分濃度はかなり高く、ここでは泳ぐこともできないようだ。数分後に塩湖は見えなくなったが、塩が吹いて白くなった地面が、何キロにもわたって続く(写真右)。
長時間砂漠の中を走り、建物が見え始めて間もなく、テヘランの空港に到着した。イラン航空のカウンターでチェックインの手続きを済ませ、18:30に出国。そのままビジネスクラスのラウンジに向かう。それほど期待していなかったのだが、空港に面した部屋だったので、外の景色も見え、部屋全体が明るく、私にとっては予想以上に快適な空間であった(写真左・中)。設備は豪華でも、窓のないラウンジは、私の好みではないからだ。私にとって嬉しかったのは、アイスクリームが置いてあったことだ(写真右)。どこのお店でも売っているような平凡なアイスクリームだが、高級なものよりこちらの方が私には合っている。
30分ほど休憩し、19:15にラウンジを出て搭乗口「26番」(写真左)に向かう。搭乗口付近には、すでにツアーメンバーの方達が集まっていた(写真中)。19:40、搭乗(写真右)。日本人アテンダントは、イランに来る時と同じ女性であった。座席はほぼ埋まっている。
20:30に離陸。21:05頃、夕食が出された。ラウンジでサンドイッチなどを頂いていたので、あまりお腹が減っていなかったことから、前菜とスープだけ頂戴した(写真左・中)。夕食を早々と終え、21:30頃から寝始める。北京空港(写真右)に到着する旨のアナウンスがあった、2:50(北京時間6:20 : 以下北京時間)に目覚める。
約1時間半かけて、機内清掃と整備が行われ、7:55に離陸し、成田空港に向かう。座席は半分以上空席(写真左)。ほとんど北京で降りてしまったようだ。8:40~9:10 に朝食を戴く。メニューは、パンやフルーツ、ジュースなどである(写真中)。その後窓から見える景色を楽しんだが、富士山が見えなかったのは残念であった(写真右)。
日本時間の12:05、 成田空港に到着(写真)。いつのように関空到着であれば、これから1時間ほどで自宅に帰れるのだが、まだ成田だ。東京駅に出て、新幹線で新大阪まで行かなければならない。しかし、乗り継ぎも比較的順調であったことから、自宅には19:00前に帰ることができた。
ところで、成田からは「成田エクスプレス」を利用したのだが、東京駅に近づいたころ、「東京スカイツリー」(写真上段)を見ることができたのが収穫であった。どの程度工事が進んでいるのかは分からないが、生で見るのは初めてである。また、いつもは旅の終わりに、関空でトンカツを食べるのだが、今回は「東京―新大阪」間の新幹線で、東京限定「東京弁当」を楽しんだ(写真下段)。1,600円と駅弁にしては高価だが、「浅草今半」の牛肉たけのこ、「人形町魚久」のキングサーモン粕漬、「築地すし玉 青木」の玉子焼などと書かれていたので、つい買ってしまったのである。値段が高かったから美味しく感じたのか、本当に美味しかったのかは分からないが、とにかく美味しく頂いた。やはり日本のご飯は最高である。
今回の旅もこれで終了。事故もなく無事に戻れたことに感謝!
東京スカイツリー
http://www.tokyo-skytree.jp/
(参考文献)
・「地球の歩き方2009~2010年版・イラン」(地球の歩き方編集室編)[ダイヤモンドビッグ社刊]
・「KASHAN,CIVILIZATION GATE」(Zohre Mozdian fard著)












































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