September 28, 2009

Ong Swee Guanさんへ

Ong Swee Guanさんへ

平成21年9月27日付で戴いた、平成21年8月9日付当ブログ「アジアで流通した様々な「貿易銀」(上)」に対するご質問、「Hi I like to know the value of this coin」について、分かる範囲でお答えいたします。

http://coinkun.cocolog-nifty.com/coin/2009/08/post-b825.html

1.アメリカ「貿易ドル」の価格について

「ワールドコインズ・ジャパン」発行の「ニュースタッフプライスリスト2009 世界の大型銀貨即売リスト パート29」によると、
グレードEF+・・・・・72,000円
他のグレードのものは掲載されていなかったので、現在の価格水準については分かりません。しかしグレードが落ちると、価格も加速度的に下がるので、次の2.フランス「貿易ピアストル」も参考にして頂ければと思います。

2.フランス「貿易ピアストル」の価格について

前掲即売リストによると、
グレードUNC・・・・・14,000~15,000円
グレードAU・・・・・・・10,000~13,000円
グレードEF・・・・・・・2,500~4,500円
グレードVF・・・・・・・1,800~2,200円
となっています。

年号や造幣所の違い、錆やトーンの程度によっても異なってきますので、ひとつの目安として考えて頂ければ良いのではないでしようか。またこの価格は、コレクターがコイン商から購入する時の価格であって、ご自身が保有している同コインを売却する場合は、これらの半分以下、もしくは値が付かない場合もあることを、念のため申し添えておきます。

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September 27, 2009

アテネのテトラドラクマ銀貨の模倣貨

マイ・コイン・コレクション(第36回)

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前回、「アテネのドラクマ銀貨」についてご紹介したが、今回は「アテネのテトラドラクマ銀貨の模倣貨」(写真1枚目 : 表面 ・ 写真2枚目 : 裏面)についてご案内する。このコインも、某コイン商から入手したもので、同社の販売カタログによると、オリエント地方のバクトリア、バクトラで、B.C.305-294頃、ソフィステ時代に発行されたコインとの事。図柄は「アテネのテトラドラクマ銀貨」と同じで、表面に3枚のオリーブの葉模様のヘルメットを被るアテナ女神の右向きの頭像が、裏面には首を傾ける右向きフクロウ、背後にオリーブの葉と「A◎E」の文字が打刻されている。しかし、模倣貨の発行された時期がB.C.305-294頃なので、最もポピュラーなB.C.449-443年頃に発行された「アテネの銀貨」(前期タイプ)よりも、むしろ形が崩れ造りも悪くなっている、B.C.393年頃から発行された「アテネの銀貨」(後期タイプ)のデザインに近いと言える(写真3枚目・4枚目 : 前期タイプとの比較 ・ 写真5枚目・6枚目 : 後期タイプとの比較)。もちろんアテナ女神の目は、アーモンドアイではない。

異なるのは、「アテネのテトラドラクマ銀貨」の裏のフクロウのデザインが、表面のアテナ女神に対して45度ずらして刻印されているのに対し、バクトリア、バクトラの模倣貨の方は表裏の刻印が横転式(※)になっている点だ。

(※)現在日本で流通しているコインと同じく、横に回転させると上下が同じになるタイプを「横転式」と言う。ちなみに縦に回転させて上下が同じになるタイプは「縦転式」と呼ばれている

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以前にもお話ししたが、古代ギリシャではアテネが他国に対して政治的にも経済的にも圧倒的優位性を有していたので、このアテナとフクロウがデザインされた銀貨は広く流通した。エジプトやシリア、イラン、イタリア、トルコなど、地中海世界で広く発掘されているだけでなく、これらの国々では模倣貨も発行されている(写真 : 左から順にエジプト、イタリア、イラン、トルコの模倣貨・「THE STORY OF MONEY」より)。面白いのは、フクロウの横にそれぞれ独自の国の文字が記されている点だ。これらのコインも収集したいと思うが、バクトリア・バクトラの模倣貨同様、日本ではなかなかお目にかかれないので、入手するチャンスを待ちたいと思う。


(参考文献)
・「GREEK COINS AND THEIR VALUES(VOLUME1 ・ EUROPE)」(SEAR著)[SEABY刊]
・「西洋貨幣史」(久光重平著)[国書刊行会刊]
・「THE STORY OF MONEY」(John Orna-Ornstein著)[BRITISH MUSEUM PRESS刊]

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September 26, 2009

アテネのドラクマ銀貨

マイ・コイン・コレクション(第35回)

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平成17年8月28日~8月30日の3日間にわたり、当ブログで「アテネのテトラドラクマ銀貨」についてご紹介した。今回ご紹介するのは、その1/4の価値を示す「ドラクマ銀貨(1ドラクマ銀貨)」(写真上 : 表面 ・ 写真中上 : 裏面 ・ 写真中下・下 : テトラドラクマ銀貨(4ドラクマ銀貨)との比較)だ。ご存知のように、アテナ女神とフクロウがデザインされているアテネのコインには、代表的な「テトラドラクマ銀貨(4ドラクマ銀貨)」以外に、「デカドラクマ銀貨(10ドラクマ銀貨)」や「ディドラクマ(2ドラクマ)」、今回ご紹介する「ドラクマ銀貨(1ドラクマ銀貨)」などがある。また、少額のコインとして、「ヘミドラクマ銀貨(1/2ドラクマ銀貨=トリオボル銀貨[3オボル銀貨])」や「トリヘミオボル銀貨(1.5オボル銀貨)」なども発行されている。

「テトラドラクマ銀貨(4ドラクマ銀貨)」以外のコインも、古代ギリシャのコインカタログである「GREEK COINS AND THEIR VALUES(VOLUME1 ・ EUROPE)」(SEAR著)[SEABY刊]をみると、それほど高い価格ではないことから、希少なものではないのだろうが、日本ではあまりお目にかかれない。しかし先日、某コイン商の販売カタログに掲載されていたのを見つけたので、即座に入手することにした。

図柄は「テトラドラクマ銀貨(4ドラクマ銀貨)」と変わらず、表面に3枚のオリーブの葉模様のヘルメットを被るアテナ女神の右向きの頭像が、裏面には首を傾ける右向きフクロウ、背後にオリーブの葉と「A◎E」の文字が打刻されている。前掲書「GREEK COINS AND THEIR VALUES(VOLUME1 ・ EUROPE)」に該当するコインは掲載されていないが、コイン商の販売カタログによると、B.C.460-454に発行されたものだとされている。以前お話ししたとおり、この時代は将軍ペリクレスのもとでアテネ民主政が完成し、他国に対して政治的にも経済的にも圧倒的優位性を有していた頃なので、「テトラドラクマ銀貨(4ドラクマ銀貨)」同様出来は良い。

アテネのテトラドラクマ銀貨(PART1)
http://coinkun.cocolog-nifty.com/coin/2005/08/post_9418.html
アテネのテトラドラクマ銀貨(PART2)
http://coinkun.cocolog-nifty.com/coin/2005/08/post_649b.html
アテネのテトラドラクマ銀貨(PART3)
http://coinkun.cocolog-nifty.com/coin/2005/08/3_2d71.html

(参考文献)
・「GREEK COINS AND THEIR VALUES(VOLUME1 ・ EUROPE)」(SEAR著)[SEABY刊]
・「西洋貨幣史」(久光重平著)[国書刊行会刊]

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September 08, 2009

世界最古のコイン

マイ・コイン・コレクション(第34回)

今回ご紹介するのは、世界最初のコインと言われているリディア王国の「エレクトロン(エレクトラム)貨」である。エレクトロンとは、金と銀の自然合金のこと。
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写真(上 : 表面・下 : 裏面)は1/3スタテル(※)・エロクトロン貨で、縦径 : 1.1cm、横径 : 1.4cm、品位 : 金2銀1ぐらいか? (金73%銀27%との説もある)、量目 : 4.72gで、表面にサルディスの紋章である「ライオンの頭」が刻印され、裏面には価値を示す長方形のくぼみが打刻されている。このタイプのコインは、ギュゲス王(在位680~640B.C.年)の時代である650~561 B.C.年頃に造られたものである。

(※)通貨の基本単位は「スタテル」(1スタテルは約14g)で、1/3スタテル以外に、1スタテル、1/6スタテル、1/12スタテル、1/24スタテル、1/48スタテル、そして1/96スタテルという小さな硬貨も発行された。

「エレクトロン貨」の名称については、古代ギリシャ語の「エレクトロン」に由来する。琥珀を意味する言葉として「エレクトラム」があるが、これは古代ギリシャ語の「エレクトロン」を語源とし、琥珀の黄色に通じる「輝くもの」の意味を持つ。そこで、金と銀との自然合金が琥珀の黄色と極似の色彩を帯びていることから、エレクトラムを素材とした貨幣のことを「エレクトロン貨」とよぶようになったのである。ちなみに、「琥珀には、その表面を布などで摩擦すると、その部分が枯葉とか紙切れといった小さくて軽いものを吸引するという特異な性質がある。(省略)この自然現象に、科学の立場から挑んだのが16世紀イギリスの科学者W.ギルバートである。(省略)不可思議な現象を起こす力を、まずこの現象の提供者であるエレクトラムの名称からとってエレクトリック(電気性物・起電物体)と命名することにした」との事(「江戸の貨幣物語」(三上隆三著)[東洋経済新報社刊]より)。

ところで、「エレクトロン貨」の素材となる金と銀との自然合金は、どこから入手していたのであろうか。これらは主に、リディアの首都・サルディスの近郊を流れるパクトロス川からだという。これに関連する有名なギリシャ神話があるので、ご紹介する。
「フリュギア王のミダスは、酒神バッカスことディオニソスの友シレノスを助けた。ディオニソスはその礼として、ミダスのいかなる望みもかなえると約束した。ミダスは金持ちになるため、彼の身体にふれるすべてのものが黄金になることを願った。この願望は直ちに約束通りにかなえられた。しかしそのうち、予想だにしなかったことが起こった。彼が手にする飲食物までもがすべて黄金になり、何も口にすることができなくなった。空腹に耐えきれなくなって、喜びは一転して苦痛になってしまった。
かくてミダスはディオニソスに救いを求めることになる。ディオニソスはパクトロス川の水で身体を清めればよいと教えた。早速に教示にしたがって川でみそぎ沐浴をしたので、ミダスはもとの状態に戻り、ようやく空腹を癒す事ができた。沐浴によってミダスの身についていた黄金化怪力が水とともに川に落ちてしまったからである。その結果、パクトロス川からその怪力によるたくさんの砂金がとれるようになったのだというのである」(前掲「江戸の貨幣物語」より)。

以上のように、リディアで世界最古のコイン「エレクトロン貨」が発行されたわけだが、長続きはしなかった。紀元前6世紀の中頃以降、「エレクトロン貨」に代わり、主に「銀」でコインが造られるようになる。これは、
① 古代近東においては、長い間「銀」が主要な取引媒体とされていた
② 「エレクトロン貨」は金と銀との合金だったので、その地金価値を測ることが難しかった
ためである。
世界最古の「銀貨」と「金貨」も、リディア王国最後の王、「クロイソス」(在位560~547B.C.年)によって造られたと言われている。「金貨」、「銀貨」とも「ライオンと牡牛」のデザインで、銀貨の単位は「シグロス」(1/20スタテル)が用いられた。これらの貨幣は、リディア王国がアケメネス朝ペルシャに征服された後も発行されたという(※)。

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写真(上 : 表面・下 : 裏面)は「2シグロス銀貨」で、縦径 : 1.3cm、横径 : 2.0cm、品位 : 銀100? 、量目 : 10.40gで、表面にサルディスの紋章である「ライオンと牡牛の頭」が刻印され、裏面には価値を示す長方形のくぼみが2つ打刻されている。

(※)「アケメネス朝はリュディアの都でありコインの発行地でもあるサルデイスを征服すると、そこでデザイン(リュディア王家のライオンと牛)もそのままの金貨、銀貨を発行した。やがて前6世紀末から独自のコインを発行する。(省略)金貨(約8.4g)と銀貨(約5.4g)が発行され、ギリシャ人からそれぞれ「ダレイコス」、「シグロス」と呼ばれた」(「ペルシャ文明展 ―煌く7000年の至宝―」(大津忠彦ほか監修)[朝日新聞社・東映刊]より)。


ウィキペディア・フリー百科事典(リディア)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2
ウィキペディア・フリー百科事典(エレクトロン貨)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%B3%E8%B2%A8
ウィキペディア・フリー百科事典(ミダス)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9F%E3%83%80%E3%82%B9
ウィキペディア・フリー百科事典(ディオニューソス)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%82%B9


(参考文献)
・「江戸の貨幣物語」(三上隆三著)[東洋経済新報社刊]
・「図説・お金の歴史全書」(ジョナサン・ウィリアムズ著)[東洋書林刊]
・「カラー版・世界コイン図鑑」(平石国雄他編著)[日本専門図書出版刊]
・「貨幣から見た世界史・文明の血液」(湯浅赳男著)[新評論刊]
・「カラー版世界コイン図鑑」(平石国雄・二橋瑛夫編・共著)[日本専門図書出版刊]
・「ゴールド」(ピーター・バーンスタイン著)[日本経済新聞社刊]
・知っておきたい「お金」の世界史(宮崎正勝著)[角川文庫]
・「Greek Coins and Their Values VolumeⅡ」(David R . Sear著)[Seaby Publicacations刊]
・「知のビジュアル百科・コインと紙幣の事典」(ジョー・クリブ著)[あすなろ書房]
・「ペルシャ文明展 ―煌く7000年の至宝―」(大津忠彦ほか監修)[朝日新聞社・東映刊]
・「最新世界史図説タペストリー」(川北稔他監修)[帝国書院刊]

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September 06, 2009

サーサーン朝ペルシャのコイン

マイ・コイン・コレクション(第33回)

今回ご紹介するのは、サーサーン朝ペルシャ帝国の初代君主「アルダシールⅠ世」(在位A.D.224(未確定)-241)の1ドラクマ銀貨である(写真上 : 表面 ・ 写真中 : 裏面)[「THE ANCIENT & CLASSICAL WORLD 600B.C.-AD.650」NO.789~795]。

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直径 : 2.4cm、品位 : 不明、量目 : 4.2g。表面には王権を表すリボンや球体装飾(コリュンボス)の付いた冠をかぶった(※)、長い髭と肩にまでかかる髪が特徴の「アルダシールⅠ世」の頭像がデザインされ、周囲にはパフラヴィー文字で「マズダー崇拝者、主アルダシール、イランと非イランの諸王の王、神々の子孫」と書かれ、裏面にはアケメネス朝の獅子足の玉座がついたゾロアスター教の拝火壇が描かれ、上部周囲にはパフラヴイー文字で「アルダシールの火」と記されている。アルダシールⅠ世は、アルサケス朝パルティアを倒してサーサーン朝を創始、アケメネス朝ペルシャの再興をめざして「諸王の王」を名乗り、ゾロアスター教を国教とする中央集権を確立した(写真下 : アフラ・マズダー(右)より王権の象徴を授受されるサーサーン朝のアルダシール1世(左)のレリーフ(ナグシェ・ロスタム) ・ ウィキペディア・フリー百科事典(ゾロアスター教)より)。

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(※)王はその王に特有な冠をかぶっており、他の王の冠と似通ってはいるものの、どれ一つとして同じものは無い(写真はアルダシールⅠ世のもの。図は「サーサーン朝ペルシアのコイン ー王の肖像が語る歴史と文化―」より)。


「イランを含む西アジア地域のコインのデザインは、アレクサンドロス大王の東方遠征以降に、この地域で発行されたギリシャ系コインのデザインがその基本となっている。つまり、表側には発行者、すなわち王の胸像、裏側には守護神が表される。サーサーン朝ペルシアのコインも基本的にはこれを踏襲しているが、裏側に拝火檀が描かれている点が異なる。拝火檀はサーサーン朝ペルシアの国教であったゾロアスター教の礼拝の中心であった聖なる火を安置したものである。裏側には「アルダフシールの火」や「シャーブフルの火」という、いわゆる「火の称号」を表す銘文が刻まれていることから、サーサーン朝ペルシアの諸王は自らの守護となる火をコインに描かせたということがわかる」(「サーサーン朝ペルシアのコイン ー王の肖像が語る歴史と文化―」より)。


サーサーン朝ペルシャの時代にも、さまざまな重量の金貨や銀貨、銅貨が造られたが、その中心となったのは、今回ご紹介したドラクマ銀貨(※)だ。この銀貨はサーサーン朝の貨幣体系の基礎であったが、非常に信用度が高かったことから、その周辺諸国にも流通した。西はシリアなどの東地中海沿岸、東はアフガニスタンや中央アジア、そして遠く中国でも多数出土しているという。いわゆるシルクロード世界の交易を支えた国際通貨としても用いられたのである。

(※)一般的には「ドラクマ」が使用されているが、書物によってはギリシャ・ドラクマのペルシャ化である「ディレム」が用いられている。


銀貨の素材である「銀」については、周辺の銀山から豊富に供給されており、その代表的なもののひとつが、アルメニア、ラジスタン、コウカサスの山々のある黒海から中央アジアに至る鉱脈だ。その他にも、アゼルバイジャン(イラン高原北)やエルブルズからソグディアナ、フルガーナ、サースあたりに広がるカスピ海南岸地区など、多くの銀山に恵まれていた。このことにより、品位、量目とも安定したコインを供給することが可能となり、国際通貨としての地位を得ることが出来たのである。


ウィキペディア・フリー百科事典(サーサーン朝)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%B3%E6%9C%9D
ウィキペディア・フリー百科事典(アケメネス朝)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%B1%E3%83%A1%E3%83%8D%E3%82%B9%E6%9C%9D
ウィキペディア・フリー百科事典(アルダシールⅠ世)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%80%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%AB1%E4%B8%96
ウィキペディア・フリー百科事典(ゾロアスター教)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BE%E3%83%AD%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E6%95%99


(参考文献)
・「サーサーン朝ペルシアのコイン ー王の肖像が語る歴史と文化―」(岡野智彦ほか編)[中近東文化センター刊]
・「ペルシャ文明展 ―煌く7000年の至宝―」(大津忠彦ほか監修)[朝日新聞社・東映刊]
・「THE ANCIENT & CLASSICAL WORLD 600B.C.-AD.650」(Michael Mitchiner著)[Hawkins Publications刊]
・「貨幣から見た世界史・文明の血液」(湯浅赳男著)[新評論刊]

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September 05, 2009

デュカトーン銀貨(Silver Rider)

マイ・コイン・コレクション(第32回)

今回ご紹介するのは、ネーデルランドの「デュカトーン銀貨」(Silver Rider)である。このコインは、1762年に発行されたもので、DAVENPORT著「EUROPEAN CROWNS 1700-1800」のNO.1836、Krause著「Standard Catalog of WORLD COINS 1701-1800」のKM#57に当たる。平成21年8月2日付当ブログ「オランダ独立戦争時に発行された国際通貨」でお話ししたように、貿易用の国際通貨として用いるため18世紀末頃まで大量に造幣が続けられた。

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直径4.2cm、品位 : 銀941、量目 : 32.78gで、表面(写真上)には「剣を振るう馬上の騎士」と「ゼーラントの紋章の盾」が描かれ、周囲には” MO ・ NO ・ ARG ・ PRO ・ COM ・ FOE ・ BELG ・ COM ・ ZEL ・ ”(ベルギー連邦のゼーラント省の新しい銀貨)の文字が並ぶ。裏面(写真下)には、「左右にライオンを伴う王冠を戴いた紋章」がデザインされ、周囲には”CONCORDIA RES PARVAE CRESCUNT ” (連合により力あるものとなる)と年銘”1762”の文字が打たれている。

(御参考)
平成21年8月2日付当ブログ「オランダ独立戦争時に発行された国際通貨」
http://coinkun.cocolog-nifty.com/coin/2009/08/post-2872.html
平成21年8月8日付当ブログ「ライオン・ターレル」
http://coinkun.cocolog-nifty.com/coin/2009/08/post-72e7.html
平成21年8月8日付当ブログ「3グルデン(ギルダー)銀貨」
http://coinkun.cocolog-nifty.com/coin/2009/08/3-ad00.html
ウィキペディア・フリー百科事典(ゼーラント州)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BC%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%88%E5%B7%9E

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September 04, 2009

アジアで流通した様々な貿易銀(番外編)

「貿易銀」のお話し(第九回)
マイ・コイン・コレクション(第31回)

平成21年8月10日付当ブログ、「アジアで流通した様々な貿易銀(中)」でお話ししたが、イギリスは「海峡植民地ドル銀貨」を、またアメリカは「フィリピン・ペソ銀貨」を発行した。これらのコインについては、それ以前に発行された貿易銀とは異なり、余剰の銀をアジア市場に流すのが主目的ではなく、金本位制国に対する為替率を一定にすることが主目的であったことを述べた。そして翌日付当ブログ、「アジアで流通した様々な貿易銀(下)」で、日露戦争を起点とする「銀」価格の騰貴により公定相場が破壊されたことから、これを維持するため、1907年、銀の量目を減らした「海峡植民地ドル」と「フィリピン・ペソ」が発行されたことをお話しした。量目を減らす前の銀貨を「前期型」、量目を減らした後の銀貨を「後期型」と呼んだが、私のコレクションが不十分だったため、「海峡植民地ドル」については「後期型」のみ、また「フィリピン・ペソ」については「前期型」だけしかご紹介できなかった。しかし、先日ご案内できなかったそれぞれの銀貨を入手したので、あらためてご紹介することにした。比較してみて頂きたい。

① 海峡植民地ドル
[前期型](1903年発行 : 写真右側) : 直径 : 38.8mm、品位 : 銀900、量目 : 416グレイン(26.96g)
[後期型](1907年発行 : 写真左側) : 直径 : 34.5mm、品位 : 銀900、量目 : 311.88グレイン(20.2100g)
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デザインは両者同じ。
表面 : 王冠を戴くエドワード七世の右向きの頭像(写真上)
裏面 : 漢字(「壹圓」)とマレー語による額面(写真下)------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------

② フィリピン・ペソ
[前期](1903年発行 : 写真右側) : 直径 : 37.0mm、品位 : 銀900、量目 : 416グレイン(26.96g)
[後期](1909年発行 : 写真左側) : 直径 : 37.0mm、品位 : 銀800、量目 : 308.66グレイン(20.00g)
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デザインは両者同じ。
表面 : 自由の女神風の女性立像と”ONE PESO””FILIPINAS”の文字(写真上)
裏面 : アメリカの紋章の上に翼を広げた鷲と”UNITED STATES OF AMERICA”、年銘(写真下)

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August 24, 2009

ピース・オブ・エイト(下)

「貿易銀」のお話し(第八回)
マイ・コイン・コレクション(第30回)

今回ご紹介するのは、江戸時代、わが国で「鷹洋」や「洋銀」などと呼ばれ、また「改三分」などの刻印が押されて国内でも流通した、いわゆる「メキシコ・ドル」である。前回お話しした「ピラーダラー」やスペイン王の胸像を描く「バスト・タイプ」と同タイプの大型銀貨で、1821年のメキシコ独立後に発行された。

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写真は1889年発行、メキシコシティ造幣局鋳の「メキシコ・ドル」銀貨(KM#377.10)。直径3.8cm、品位 : 903、量目 : 27.07gで、表面は中央にサボテンの上にとまる蛇をくわえた鷲が描かれ、周囲に”REPUBLICA MEXICANA”(メキシコ共和国)の文字、裏面には中央に自由の帽子、周囲下部に”8R.Mo.1889.M.H.10Ds.20Gs.”(8レアル、メキシコシティ・ミント、1889年発行、)が表示されている。

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サボテンの上にとまる蛇をくわえた鷲のデザインは、アステカ繁栄の前兆となった建国メキシコの神話に基づく。「メキシコの先住民アステカの伝説によれば、蛇をくわえる鷲がサボテンの木にとまる土地はアステカ人=メキシコ人の安住の地であるという託宣から、彼らはそのメキシコの地にいたり住みついたというのである。鷲図はなににもましてメキシコのアイデンティティーを示すにふさわしいものとして、コイン面を飾るだけでなくてメキシコ国旗の図にも採用されていることは周知のところであろう」(「\(えん)の歴史学」より ・ 国旗(図左)と国章(図右) : 「ウィキペディア・フリー百科事典(メキシコ)」より)。

ところで、すでにご案内の通り、中国をはじめアジア地区で広く流通した「メキシコ・ドル」。前回お話しした「ピラーダラー・タイプ」や「バスト・タイプ」以上に中国に流入・定着したのは何故だろうか。その大きな原因の一つが「中国茶(=紅茶)」であった。イギリス商人は毛織物の輸出を目論んでいたが、その販売が振るわなかったため、中国茶の一方的輸入、そしてその対価としての銀貨の流出という収支アンバランスな状態が続いたのである。これを是正するために採られた手段が「アヘン」の輸出で、これが原因で起きた「アヘン戦争」は、清朝の弱体化を早めた。


以上のように国際通貨としての機能を果たした「メキシコ・ドル」は、1824年から1897年まで70年以上にわたって発行された。14か所の造幣局で造られ、総発行枚数は5.5億枚を超える。これはメキシコの産銀量が圧倒的に多く、品位、量目とも極めて安定した通貨であったことが大きい。しかし、鋳潰された銀貨もかなりの数にのぼるようだ。


ウィキペディア・フリー百科事典(改三分定銀)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%B9%E4%B8%89%E5%88%86%E5%AE%9A%E9%8A%80
ウィキペディア・フリー百科事典(Mexican real : 英語版)
http://en.wikipedia.org/wiki/Mexican_real
ウィキペディア・フリー百科事典(メキシコ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%B3


(参考文献)
・「\(えん)の歴史学」(三上隆三著)[東洋経済新報社刊]
・「STANDARD CATALOG OF WORLD COINS 1801-1900」(Krause刊)

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August 23, 2009

ヴェネツィア公国のグロッソ銀貨

マイ・コイン・コレクション(第29回)

今回ご紹介するのは、イタリア・ヴェネツィア公国のグロッソ(GROSSO)銀貨である。先日行われた誌上オークションで落札した品だ。

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第51代ドージェ(総督)・ジョヴァンニ・ソランツォ ( Giovanni Soranzo : 在位1312年~1328年) 時代の1312年~1327年に発行された銀貨で、直径2.0cm、品位 : 965、量目 : 2.1g(実測)。表面に玉座に座るイエス・キリストの像、その左に”IC”、右に”XC”の文字、裏面にはヴェネツィアの守護聖人である聖マルコが、総督に旗を渡しているところがデザインされ、中央に縦書きで”DVX”の銘文、周辺左に”・IO・SVPANTIO・”、右に”xS・M・VENETI”が表示されている。

ご存知の通りヴェネツィアは、ビザンティン帝国と深い関係を持つ地中海商業の代表的都市であり、「十字軍」の輸送により莫大な富を手にした。特に第四次十字軍では、数多くの特権やアドリア海ダルマチア沿岸に沿ってエーゲ海、シリア、黒海に至るまでの地域で属領を獲得している。この時代、商業の活発化に伴い貨幣の需要は激増したが、この需要に応えるため銀貨の質は著しく低下し、銀の含有量が25%以下の”ビロン貨”と呼ばれる劣質デナロ銀貨が流通するようになった。しかしこのような通貨の流通は、商取引に悪影響を及ぼさずにはいられなかったため、良質でより価値の大きなコインが必要とされ、このニーズに応える必要から、グロッソ銀貨(通称 : マタパン)が造られた。1202年、第41代ドージェ・エンリコ・ダンドロ (Enrico Dandolo : 在位1192年~1205年)時代のものが最初と言われており、品位 : 965、量目 : 2.18gで、玉座に座るイエス・キリストのデザインは、ビザンティン帝国のノミスマ金貨をモデルにしているという。ちなみにこの銀貨は、劣質と言われたデナロ銀貨24個に相当するとされ、多くは遠隔地貿易の決済に使われたとの事。


ウィキペディア・フリー百科事典(Grosso of Venice[英語版])
http://en.wikipedia.org/wiki/Grosso_of_Venice
ウィキペディア・フリー百科事典(ドージェ)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%A7
ウィキペディア・フリー百科事典(ヴェネツィアのドージェ一覧)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%8D%E3%83%84%E3%82%A3%E3%82%A2%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD%E3%81%AE%E3%83%89%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%82%A7%E4%B8%80%E8%A6%A7
Coins of Venice
http://home.eckerd.edu/~oberhot/venice.htm
ウィキペディア・フリー百科事典(Billon[英語版])
http://en.wikipedia.org/wiki/Billon
ウィキペディア・フリー百科事典(ヴェネツィア共和国)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%8D%E3%83%84%E3%82%A3%E3%82%A2%E5%85%B1%E5%92%8C%E5%9B%BD


(参考文献)
・「西洋貨幣史・中」(久光重平著)[国書刊行会刊]
・「貨幣から見た世界史・文明の血液」(湯浅赳男著)[新評論刊]
・「2300年の歴史と美術-イタリア貨幣・メダル展」図録(イタリア貨幣・メダル展実行委員会編・刊)
・ 「図説・お金の歴史全書」(ジョナサン・ウィリアムズ著)[東洋書林刊]
・「MONEY A HISTORY」(Catherine Eagleton他著)[A Firefly Book刊]

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August 22, 2009

ピース・オブ・エイト(上)

「貿易銀」のお話し(第七回)
マイ・コイン・コレクション(第28回)

これまでいろいろな貿易銀について見てきたが、今回は中国国内や東洋地域で法貨のように流通し、英米やわが国がとって代わろうとしたした「メキシコ・ドル」についてお話しする。

ご存知の通り、1492年、スペインの援助を受けたコロンブスは、アメリカ大陸を発見、1494年のトルデシリャス条約により新大陸征服の優先権を認められたスペインは、この新天地の植民地化を進め、そこから莫大な量の金・銀を得た。インカ、マヤ、アステカなどから略奪した金・銀に加え、ポトシ(現ボリビア)やグアナファト、サカテカス(現メキシコ)などの鉱山からも大量に産出したのである。そして現地では、これらの金・銀、なかでも銀を用いた貨幣製造が始められるようになる。その中心となったのが「ピース・オブ・エイト」と呼ばれた8リアル銀貨だ。

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最初に銀貨が造られたのは16世紀頃で、コブタイプ(※)のものであった。17~18世紀には、このタイプのコインが、植民地だけでなく本国でも多く造られている(写真 : スペイン・コブ8レアル銀貨(セゴビア鋳)・「カラー版・世界コイン図鑑」より)。

(※)コブタイプとは、円形の平金を作らずに凹凸のある銀板を量目に合わせて切り、これにコインの裏表のデザインを打刻したタイプのコインのこと。

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一方18世紀に入ると、メキシコをはじめボリビア、チリ、ペルーなどスペインの植民地の国々で、「ピラーダラー」と呼ばれる大型銀貨が造られるようになった。写真はメキシコ鋳・カルロス三世の8レアル銀貨である(KM105)。直径3.9cm、品位 : 917、量目 : 27.0674g(実測26.8g)で、表面は中央に王冠を戴くスペインの紋章が描かれ、両脇に”MF”(分析者のイニシャル)と”8”(8レアル)の文字、その周囲に”VTRAQUE VNUM”(2つの世界の統一)とミントマーク”Mo”(メキシコシティ鋳)、年銘”1769”の表示が、また裏面の中央には、旧世界と新世界を表す2つの地球の両側に、地中海の西の出口であるジブラルタル海峡を表わす柱(ピラー)がデザインされ、周囲に”CAROLVS・Ⅲ・D・G・HISPAN・ETIND・REX”(カルロス三世、神の恩寵による、スペインそしてインドの王)と打たれている。

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1720年頃になると、「ピラーダラー」タイプに代わりスペイン王の胸像を描く「バスト・タイプ」が登場する。このタイプは中南米の植民地だけでなく、スペイン本国でも採用され、8レアル銀貨以外に8エスクード金貨も発行されている。写真はメキシコ鋳・カルロス四世の8レアル銀貨(KM#109)。直径3.9cm、品位 : 896、量目 : 27.0674g(実測26.8g)で、表面は中央にカルロス四世の胸像が描かれ、その周囲に”CAROLUS・IIII・DEI・GRATIA”(カルロス三世、神の恩寵による)と年銘”1799”の表示が、また裏面の中央には、王冠を戴くスペインの紋章の両側に、地中海の西の出口であるジブラルタル海峡を表わす柱(ピラー)がデザインされ、周囲に”・HISPAN・ET IND・REX・M・8R・F・Mo・”(スペインそしてインドの王、8レアル、メキシコシティ・ミント)の文字が打たれている。

このタイプの8レアル銀貨は、18世紀後半になると、「万国共通のグローバルな性格を持つ貨幣として名実ともに貿易銀の地位を得てしまった。それどころかカウンター・マークを打刻されたりして、その国の通貨となった例は、ブラジル、ジャマイカ、ドバコ、カナダ、ドミニカ、サルヴァドルなどと枚挙のいとまがない」(「歴史読本―お金の百科事典」(昭和49年6月増刊号)掲載記事「国際通貨・貿易銀の歴史」より)との事。また、「メキシコを通じて米国に入った「ピース・オブ・エイト」は、実に1857年まで法貨の地位を占めていた。だから米国は1804年から40年までの間、ついに自国のシルバーダラーを発行しようとしなかった。(省略)このようにスペイン国王の肖像は世界狭しと活躍し、貿易銀としてだけでなく、一国の流通市場さえ、しばしば占領してしまったのであった」(前掲書より)。


ウィキペディア・フリー百科事典(ドル)
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DESIGN OVERVIEW OF SPANISH COLONIAL 8-REALES PILLAR
http://www.carlclegg.com/pillars/design.html
Spanish Colonial Pillar Coinage (8 Reales Series)
http://www.carlclegg.com/pillars/index.htm
ウィキペディア・フリー百科事典(Spanish dollar[英語版])
http://en.wikipedia.org/wiki/Spanish_dollar

(参考文献)
・「カラー版・世界コイン図鑑」(平石国雄他編著)[日本専門図書出版刊]
・「歴史読本―お金の百科事典」(昭和49年6月増刊号)掲載記事「国際通貨・貿易銀の歴史」(平木悠支文)[新人物往来社刊]
・「外国コイン研究NO.31」掲載記事「第19回TICCにおけるセミナー配布資料小改・東南アジア貿易銀を中心にして」(山老隆・文)[外国コイン研究会刊]
・「Standard Catalog of World Coins 1701-1800」(Krause刊)
・「世界貨幣大辞典」(平木啓一著)[ジェミニ刊]
・「南米ポトシ銀山」(青木康征著)[中央公論新社刊]
・「Guia de visita」(Museo Casa de la Moneda)

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