特別展・道教の美術―道(タオ)! 老子からはじまる終わりなき旅―

本日から始まった特別展「道教の美術―道(タオ)! 老子からはじまる終わりなき旅―」(写真)を見るため、大阪市立美術館に行って来た。初日なので混雑しているのかと思っていたのだが、予想外に空いていた。天候が悪く、また昼時だったからなのか。おかげで各作品をジックリ鑑賞することができた。
本展は、日本と中国の文化に深く根ざす「知られざる道教の世界」がメインテーマ。展示解説によると、「道教とは、道(タオ)を説き不老長寿を究極の理想とする中国でうまれた宗教です。老子をその祖として崇め、神仙思想や風水や星宿、易学をはじめとする古代の思想や信仰・神話、そして仏教をも取り込みながら発展し続けてきました。現代も中国の人生観や世界観の根幹をなし、東アジアの思想や文化、芸術のベースとなっています。道教に関わる美術はその思想と同様に多種多彩です。老子や仙人、北斗七星といった星座を擬人化した図像、閻魔王に代表される道服を身に着けた地獄の裁判官。さらには陰陽道でも用いられた呪符・まじないや占い、そして現在も信仰をあつめる関帝や媽祖などなど。難解でつかみどころがないような道教ですが、今日の日本でもその影響は色濃くみられ、浦島太郎、七夕やお中元、妙見や庚申といった慣れ親しんだ物語や習俗、信仰も実は道教にルーツがあります」との事。
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展示内容を見ると、中国・漢時代から現代までの2000年間にわたる、国宝・重要文化財約50件を含む約330件を、12の章に分けて見せている。
【1 中国古代の神仙思想】(展示NO.001~025)
道教のバックボーンともいえる不老長寿の希求や仙人の存在といった神仙思想について紹介している。
【2 老子と道教の成立】】(展示NO.027~064)
春秋時代の思想家「老子」、その人物像について明らかにし、次いで後漢時代の五斗米道(ごとべいどう)から始まる、教団としての道教の成立過程を、書聖・王羲之(おうぎし) 『黄庭経(こうていきょう)』などの拓本を通じて辿る。
【3 道教の信仰と尊像】】(展示NO.065~112)
道教において、礼拝の対象となる尊像の出現は南北朝時代(5世紀後半)であり、それ以降、彫刻・絵画様々な像が作り続けられることになる。唐時代になると老子は唐皇帝の祖先と位置付けられて神格化し、道教は国家宗教としての位置を確固たるものにした。さらに道教経典の体系化も進み、その集成として『道蔵(どうぞう)』が編纂されている。
【4 古代日本と道教】】(展示NO.113~131)
飛鳥時代の呪符(じゅふ)木簡を端緒に、空海の著作や天台の守護神などに注目する。
【5 陰陽道】】(展示NO.132~158)
安倍晴明(あべのせいめい)に代表される陰陽道に取り入れられた道教的要素を様々な角度から紹介する。
【6 地獄と冥界・十王思想】】(展示NO.160~187)
日本へ伝えられた仏教では、既に中国において道教的信仰が取り入れられたり、融合した信仰や尊格が少なくなかったのだが、その代表として「地獄」と「星」(次章)を取り上げている。
【7 北斗七星と星宿信仰】】(展示NO.188~257)
【8 禅宗と道教】】(展示NO.258~269)
禅宗における三教(さんきょう)図や伽藍神(がらんしん)像などを通じ、禅宗が中国で成立した段階での道教との強い結びつきを示す。
【9 仙人/道教の神々と民間信仰】】(展示NO.271~331)
関羽(かんう)=関帝をはじめとする実在の人物や様々な仙人が道教に取り込まれ、民間信仰と一体となって広がりをみせていく諸相を概観する。こうした神々・仙人たちの図像は、『列仙全伝(れっせんぜんでん)』をはじめとする版本を通じ日本にも多大な影響を及ぼした。
【10 道教思想のひろがり】】(展示NO.337~396)
とどまるところを知らない道教のひろがりを実感するために、中国の医学や占術、さらには日本の庚申(こうしん)信仰や七夕・浦島物語などを取り上げている。
【11 近代日本と道教】】(展示NO.399~410)
その著書『The book of tea』 (茶の本)において「茶は、姿を変えた道教である」と述べた岡倉覚三(おかくらかくぞう) [天心(てんしん)]を中心に、近代美術における道教的画題を集めている。
【12 拡散する道教のイメージ】】(展示NO.411~413)
カタカナ表記の「タオイズム」という言葉や思潮と結び付いた、これまでの宗教的・歴史的理解による造形活動とは全く異なる展開について触れる。
次に、個別の展示作品についてご紹介する。なお、注釈は展示解説より引用した。



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1. 「仙人像(羽人[うじん])」(写真左)[後漢時代・1世紀 / 大阪市立美術館蔵(展示NO.001)]
漢時代にさかのぼる仙人の彫刻作品として貴重な造像。動物のような顔つきであるが、体は人間のようであり、独特のポーズで膝をついて坐る。本来膝の内側に、別材が取り付けられていたと考えられる。
2. 「金立(きんりゅう)神社縁起図」(写真中左)[桃山~江戸時代・16~17世紀 / 佐賀・金立神社蔵(展示NO.014)]
徐福(じょふく)の日本渡来伝承による現存最古の絵画作品。徐福は秦始皇帝の命により、不老不死の仙薬、仙術を獲るため、東方の三神山(蓬莱、方丈、瀛州[えいしゅう])に向かったとされる。金立神社は徐福を主神として祀り、本縁起図では、社殿と徐福の上陸する場面が描かれる。
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3. 「牧谿筆・老子像」(写真中右)[南宋時代・13世紀 / 岡山県立美術館蔵(展示NO.028)]
日本で名高い牧谿(もっけい)による老子図で、画中に義光の「道有」印が押されている。老子は口を開け、胸前で手を組む半身像として描かれている。僧牧谿によって老子像が描かれたこと自体、当時の仏道融合を物語っている。
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4. 「四聖大帝・三官大帝図」(写真右)[明時代・崇禎16年(1643) / 京都・六道珍皇寺蔵(展示NO.082)]
武装形の四聖大帝と笏を手にする三宮大帝が描かれる。四聖大帝は北帝に従う神格である。三宮大帝は、天・地・水の神々を管理する尊格で、三宮の誕生日は上元、中元、下元と称され、道教の祭日であった。



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5. 「安倍晴明像」(写真左)[室町時代・14世紀 / 大阪・阿部王子神社蔵(展示NO.132)]
陰陽道のカリスマとして知られる安倍晴明(921~1105)の現存最古の肖像画。晴明は藤原道長(966~1027)の日記「御堂関白記」(国宝)などに陰陽師として登場する。官職は気象や天文を観測し、異変を占う陰陽寮の天気博士であった。
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6. 「神道秘符書」(写真中左)[江戸時代・17世紀 / 大将軍派八神社蔵(展示NO.144)]
呪符とは災を除いたり、幸福をもたらす図形や文字が書かれたお札のことで、霊符とも称される。もともと呪符は道教で用いられてきたもので、日本にも早くから伝わった。本書は陰陽道で用いられる呪符を集成したもの。
7. 「大将軍神立像」(写真中右)[平安時代・10世紀 /大将軍派八神社蔵(展示NO.151)](重要文化財)
迫力のある武装形神像で、台座も含めて一木で造られる。武装形は束帯像に先だって造像が始められたと考えられる。すなわち中国の道教尊像を範とする武装形がまず成立し、これに日本式の神像が加わったことが想像される。
8. 「六道絵[閻魔王庁図]」(写真右) [鎌倉時代・13世紀 / 滋賀・聖衆来迎寺蔵(展示NO.170)](国宝)
肉身を朱色とし、髭を長く伸ばした閻魔王が鎮座する王庁を真正面から描く。閻魔王の周囲には諸王や司禄・司命、善悪童子らが侍り、手前ではさまれた亡者の審判が行われている。こうした亡者たちの描写は、南宋~元代に制作された十王図を継いでいる。
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9. 「焔口餓鬼図[面然大士]」(写真左) [明時代・16世紀 / 千葉・観音教寺蔵(展示NO.179)]
焔口餓鬼は面然大士とも称される道教、民間信仰の神であり、また仏教では観音菩薩の化身ともされる。本国では中央に恐ろしい形相の焔口餓鬼、上方小園内に観音が描かれる。また下方には焔口餓鬼を供養する阿難と救済される多くの人々が表される。
10. 「星曼荼羅図」(写真中左)[平安時代後期・12世紀 / 大阪・久米田寺蔵(展示NO.028)](重要文化財)
円形式の法隆寺本に対して方形式の代表作。主として円形式は天台宗、方形式は真言宗で用いられるという。中央に須弥山と金輪仏頂(釈迦金輪)、その周囲に九曜星と北斗七星、十二宮、二十八宿が配される。
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11. 「鎮宅霊符神像[玄天上帝]」(写真中右) [明時代・15~16世紀 / 大阪・能勢妙見・真如寺蔵(展示NO.239)]
12. 「雪村周継筆・呂洞賓図」(写真右)[室町時代・16世紀(展示NO.282)]
呂洞賓(ろどうひん)は八仙の一人に数えられ、中国で最も親しまれた仙人である。通常、剣を背負った姿で現れることが多いが、本図では龍の頭の上に立ち、水瓶を持つ姿で描かれる。室町から戦国時代にかけて東国で活躍した雪村らしく、躍動感あふれる作品である。
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13. 「顔輝筆・蝦蟇仙人図」(写真左)[元時代・13~14世紀 / 京都・知恩寺蔵(展示NO.298)](重要文化財)
元時代に活躍した顔輝の作として名高い。蝦蟇を肩に乗せ、桃の枝を手にした蝦蟇仙人は、明代以後、財神として人気を博した劉海蟾(りゅうかいせん)である。
14. 「浦島図」(写真右)[明治26年(1893) / 岐阜県美術館蔵(展示NO.410)]
山本芳翠(1850~1906)は岐阜県生まれ。明治中期の洋画家界の形成に大きな役割を果たした。本図は竜宮城を海上遠くに配置し、現世に帰還する浦島子を描く。ヴィーナスのように貝に乗る乙姫など、芳翠の西洋芸術見聞の成果が垣間見える。
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以上、14点についてご紹介したが、これら以外にも見どころは多い。あまり馴染みのないテーマではあるが、本展を見るだけで新しい世界に接したような気分になれる。是非会場に出向き、実物をご覧頂きたい。なお、前期と後期で展示作品が一部入れ替わるのでご留意を(前期 : 9/15~10/4 ・ 後期 : 10/6~10/25)。
※ 写真はすべて、同展案内書より
(本展に関連するHP)
道教の美術展公式サイト
http://taoism-art.main.jp/concept.html
大阪市立美術館・道教の美術
http://www.city.osaka.lg.jp/museum/page/0000038116.html
ストリート・アートナビ
http://plaza.harmonix.ne.jp/~artnavi/10pab/211025-osakasi-taoism.html