バルト三国と北ドイツの旅(第17回)
本日、午前中はヴィリニュスの「旧市街」観光で、午後はフリータイムである。午前6:40頃に目覚め、午前7:00に朝食のためレストランへ。約1時間半、ノンビリ食事をする。いつものとおり、バイキング方式。メロン、キーウイ、パイナップルなどの果物、ポテトフライ、トマト、キュウリ、ハム、半熟卵、ヨーグルト、ミックスジュース、コーヒーを頂く。
午前9:00、ロビーに集合し、バスで観光に出かける予定だったが、定刻になってもバスが来ない。交通事故に巻き込まれ、遅れているとの事。結局50分遅れで、代わりのバスがやって来た。バスの運転手はイゴールさん、ガイドはアンドレイさんで、どちらも男性である。アンドレイさんは、3年間日本語を独学し、専修大学で2ヶ月の間日本語を学んだと言う。その間、東京に住み、京都や奈良、札幌、函館などを旅したとの事。砂風呂で有名な指宿にも行ったそうで、砂風呂に入っている写真をリトアニアの友人に見せたところ、死体と一緒に埋められているのかとの感想が返ってきたと言っていた。
午前9:50に出発したバスは、最初「旧市街」から少し東に離れた所にある、「聖ペテロ・パウロ教会」と「3つの十字架の丘」に向かった。午前9:57、「聖ペテロ・パウロ教会」(写真)に到着。
バロックの街ヴィリニュスを代表する建築物と言われており、リトアニア大公国首長ミーコラス・カジミエラス・バツァスの寄付によって建てられた教会である。「1668年、建築家ヤン・ザオルの設計により教会の建築工事が始まり、1676年に教会は現在の形となり、1671年から1704年にかけて教会内は壁画と化粧漆喰細工で飾られた。中央祭壇にはプランチシクス・スムグレーヴィチュスによって描かれたアカデミズム派の“聖ペテロとパウロの告別“と題する絵が飾られている。この教会はクーポラと二つの塔を持ち、その平面図は十字架の形をなしている。教会には身廊と側廊があり、側廊はチャペルになっている。」

「ヨーロッパにおいても独特である教会の内装は、2,000以上の漆喰彫刻によって装飾されている(写真左)。彫刻のテーマとなるのは、聖書と歴史、神話、寓話に登場する者、様々な民族と社会階級、職業を代表する形象、想像上の生き物、悪魔、植物、動物、天体、軍事を象徴する物、聖具、日常用品から取り入れられたものである」(「ヴィリニュスとトラカイ」ガイドブック[日本版]より)との事。また、教会の天井にはフレスコ画が描かれている(写真右)。
午前10:25に教会を出て、バスで「3つの十字架の丘」に向かった。僅か2分で駐車場に到着。しかし、ここから少し坂道を上らなければならない。小学校の頃、遠足で訪れた地方の小さな公園のような雰囲気である。数分歩き、階段を昇ると、「3つの十字架の跡」(写真左)の前に出た。

14世紀頃、キリスト教の修道士がこの丘に教会を建てたが、異教徒に教会を焼かれ、修道士達も磔にされたという。彼らを記念して、この場所に十字架が建てられたのだが、旧ソ連時代に破壊された。これが「3つの十字架の跡」である。その背後には白い「3つの十字架」(写真右)が建っている。これは独立運動が盛んになった1989年に建てられたものだ。さらに階段を昇り、「3つの十字架」の前に立つと、「旧市街」を一望できる。残念ながら少々霞んでいたのだが、それでも「旧市街」の美しさは感じられる。
午前10:50、バスに戻り、次に向かった先は「大聖堂」である。昨日の夕方、訪れた場所だ。

バスを「大聖堂」前の「カテドゥロス広場」(写真左 : 広場から見た大聖堂と鐘楼)で降りる。「大聖堂」の奥には、再建中の「王宮」が見える。「王宮」の右手には、「鉄の狼とゲディミナス大公」の像(写真右)が立っていた。「鉄の狼」については「ゲディミナス城」のところでお話しするつもりだが、リトアニアの人々の間で語り継がれてきたヴィリニュス創設の伝説だ。「大聖堂」の正面、屋根の上には「三聖人の像」が立っている。旧ソ連時代には取り外されていたが、1996年に再度据え付けられた。
午前11:05、「大聖堂」の中に入る。正面を見ると、巨大な柱が立ち並ぶ。異教時代、この「大聖堂」が建てられた場所には、ペルクーナス(雷の神様)を祀る神殿があった。13世紀、キリスト教を受け入れたミンダウガス大公によって、最初の「聖堂」が建てられたが、彼は暗殺され、「聖堂」も取り崩された。しかし、14世紀にヨガイラ王が国をキリスト教化するとともに、新しくゴシック様式の「聖堂」を建設した。

その後もルネッサンス様式やバロック様式などで増改築が繰り返され、18世紀の大改築で現在のクラシック様式になった。旧ソ連時代の「聖堂」は、絵画の保管場所として使用されていたと言う。この建物が「大聖堂」になったのは1988年の事。「大聖堂」の内部で最も素晴らしいと言われているのが、「聖カジミエルのチャペル」(写真左)だ。バロック様式で、中には、かつてリトアニアのパトロンであった聖カジミエルの石棺が安置されており、壁には聖カジミエルを描いたイコン(写真右)が飾られている。


午前11:17、「大聖堂」を出て「大学通り」を南に進むと、正面に「大統領官邸」(写真左)が見えた。そして左手には16世紀に創られた「ヴィリニュス大学」(写真右)だ。この時は外から見るだけ。この大学については、午後のフリータイムの時に再び訪れたので、詳しくはそちらの方でお話しする。「ヴィリニュス大学」の後は、「大学」の向かい側で、「大統領官邸」の南側にある「アルムナータスの中庭」(写真)を見学した。
ここは、ヴィリニュス大学の学生のために、1582年に建てられた寮だ。中庭に面してアーチを持つ三階建てが印象に残る。その後、「ヨノ通り」から「ピリエス通り」を歩いた。「ピリエス通り」には、バロック様式やルネッサンス様式など、様々な様式の建物が並んでいる。この通りを抜けて、「聖アンナ教会」に向かっていたのだが、ツアーメンバーの1人が、どうしてもトイレに行きたいとの事。仕方ないので、近くにあった琥珀のお店「Amber」に入ることとなった。
その店では琥珀の品々を販売しているだけでなく、地下に「琥珀博物館」が併設されていた。10分程であったが、琥珀に関連する知識を得ることができた事は収穫であった(写真)。
琥珀の店を出て東に50mほど歩くと、右手に修復中の「聖ミカエル教会」が見え、更に銃数メートル進むと「聖アンナ教会」と「ベルナルディン教会」が現れた(写真 : 前方が「聖アンナ教会」)。
「聖アンナ教会」は、ヴィリニュスで最も有名な建築物の一つであり、フライボワイヤン様式(火炎式、14~16世紀に発達したゴシック晩期の建築様式)の傑作といわれている。ヨガライ朝の建築家ベネディクト・レイトにより、1495年~1500年にかけて造られた。「聖アンナ教会」の後ろに見えるのが「ベルナルディン教会」である。この教会は、ヴィリニュスにあるゴシック様式の建築の中で、最も大きな建物の一つである。15世紀後半に建てられ、16世紀以降改築が繰り返され、17~18世紀にはルネッサンスとバロック様式の特徴も取り入れられている。

午後12:05、「旧市街」の南端にある「夜明けの門」に行くため、バスに戻った。バスは狭い道を走れないため、一旦「旧市街」から離れた道を通る。昨日の夜、レストランに行く時に使ったのと同じ道だ。坂道からは、「旧市街」を一望できる(写真)。「夜明けの門」へは5分ほどで到着した。かつて「旧市街」は、タタール人の攻撃から街を守るため、約20年の期間をかけて、3kmにわたる城壁を設け、そこには9つの城門があった。現在唯一残っているのが、この「夜明けの門」なのである。

南側から城門を眺めると、壁の銃眼やリトアニアの国章である「騎乗の騎士」に気付く(写真左)。城門を潜り北側から見ると、ルネッサンス様式で描かれた「聖母マリアのイコン」を見ることができる(写真右)。ここは小さな礼拝所になっており、向かって左側の入り口から階段を昇ると、この場所に行くことが出来る。このイコンは、17世紀半ば頃から奇跡を起こす絵として崇められており、この奇跡を信じて遠くから巡礼者が訪れるという。


「夜明けの門」から「夜明けの門通り」を北へ進むと、右手に「聖テレサ教会」(写真左)がある。この教会はヴィリニュスの初期バロック様式の傑作と言われている。その左奥には、ピンク色の門を持つ「聖霊ロシア正教教会」(写真右)が見える。1749年~1753年にかけて、建築家グラウビツが教会を改築し、ロココ様式の装飾が施されている。この教会の道を挟んで反対側に建つのが「聖三位一体教会」(写真)だ。
「ユニエイトという珍しい宗派で、正教の儀礼を残しながらローマ法王に仕えるという」(「地球の歩き方・バルトの国々07~08」より)スタイルのようだ。さらに北に進むと、右手に「聖カジミエル教会」が建っている。この教会は、リトアニアの聖人である聖カジミエルを記念するために、1604年~1616年にかけてイエズス会によって建てられた。しかし、帝政ロシア時代には正教教会として、また1917年にカトリック教会として、更に第二次世界大戦後は無神論博物館として使用された。
元のイエズス会に戻されたのは、旧ソ連邦から独立した後、1991年のことである。なお現在は、修復工事中のため、その美しい姿を見ることはできない(写真)。
午後12:30、本日のツアーの終点である「旧市庁舎広場」(写真)に到着した。
昨日の夜、レストランに行くためバスを降りた場所である。「旧市庁舎広場の中心には二階建ての古典主義様式の建築物が見られる。市庁舎は、14世紀末ヨガイラの許可を得て造られたものである。その後、1785年から1799年にかけて、建築家ラウリーナス・ストゥオカ=グツェーヴィチュスの設計によって厳格な古典主義様式のものに改築された」(「ヴィリニュスとトラカイ」ガイドブック[日本版]より)という。
我々はここでガイドと別れ、昼食のためレストランに向かった。レストランへは徒歩で2~3分。昨夜、夕食を取ったレストランからも近い。午後12:37、レストラン「Grasas」に入った。食事のメニューは次のとおり。
リトアニア風サラダ(ジャガイモ、グリンピース、ニンジン、ハムなどが混ぜ合わされ、円盤状に固められている)
・ ポークのフロケット(ポークハンバーグ)
・ デザート(アイスクリーム)
午後1:40分頃に食事を終えて、レストランを出た。ここからは自由行動である。ホテルに戻る人、このまま観光に出かける人に分かれた。もちろん私はホテルには戻らず、ここから観光を始める。最初は「リトアニア中央銀行」を訪れる予定だ。
・ 「ヴィリニュスとトラカイ」ガイドブック[日本版](トマス・ヴェンツロヴァ著)[パクニース出版社刊]
・ 「地球の歩き方・バルトの国々07~08」(「地球の歩き方」編集室編)[ダイヤモンド・ビッグ社刊]
ヴィリニュス・インフォメーション
http://www.vilnius-tourism.lt
大聖堂(アルキカテドゥラ)
http://www.katedra.lt
ヴィリニュス大学
http://www.vu.lt